其の肆 私が闇を覗くとき、また彼らもこちらを見ている
開店したばかりのオモテ屋に、珍しく朝から客が来ていた。
「お久しぶりですね、この町に来るのはいつぶりでしょうか。」
オモテ屋の男は、その相手と話せるのがうれしいと言わんばかりに親しげに話している。
「丁度、この都で
店内に、低く、落ち着いた声が流れる。
「ミコトノリとは、これまた懐かしい。」
オモテ屋の男が親しげに話しているのは、こちらも何とも面妖な格好をしていた。
鶯色の着物と、柿渋で染まった羽織、紺の袴までは至って普通だった。人の目を引く頭にかぶったツヤツヤの朱色の
顔は盃に隠れてあまり見えないが、耳元まで伸びた黒いくせ毛と、丸い眼鏡をかけている。
店内に一瞬。
静寂が訪れたが、あっという間にかき消されてしまった。
「おーい!盃さーん!」
先程の“トリアタマ”が、二人の方に走ってきた。
「盃さん、さっき俺大通りを通ってたんすけど、みんなスゲー見てくるんすよ~!やっぱり俺が八咫烏のエリート部隊の右翼隊員だからっすかね~~!!」
盃は、眼鏡越しに細い切れ目でキッと睨んだ。
「
やんわりとした声質なのに、怒っているということがひしひしと伝わってくる。不思議な声だ。
「え~、目立つものは仕方ないじゃないですかぁ。」
“トリアタマ”こと縁は、からかうように言った。だが、盃は鋭い目つきで縁をにらみつけている。縁は若干ビビっていたが、盃は小さい溜息をひとつつき、すぐ我に返ったようにオモテ屋の男に向き直った。
「そうだ、壊れてしまって、直してほしいものがあるんです。」
ちなみにこの御面屋、玩具の修理も承っている。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
盃が「仕事道具」と言って出してきた、首が動かなくなってしまった
赤べこは、オモテ屋の器用な手によってすっかり直ってしまった。
「相変わらず、手先の器用さは変わりませんね。」
二人は一礼してさっさと行ってしまった。そういえば、この町では仕事をしに来たとかなんとか。
さて、御面造りでもしようかと立ち上がると、何者かの気配を感じ取った。
――――――何かがいる
きっと、近くにいる。どこかはわからないが、どこかにいる。
男は、どこかにいる何者かが一体どこにいるのか、ただそれだけに神経を集中させていた。
(この気配の主は誰だ。いったいどこから、どうやって私を見ている。)
その時に気が付いた。“誰か”がこちらを見ているということは、何かをすれば、こちらもその“誰か”を見ることができるのではないか。
男は手で狐を作り、両手で合わせ、窓を作った。見えないものを見ることのできる、または相手の術を見破ることができる術、
“狐の窓”だ。
狐の窓からのぞく世界は、いつもとは違い、真っ暗な闇が広がっていた。
窓を覗いたまま、あたりをゆっくりと見渡す。
「………………………………………」
――――――気配が消えた。
安堵し、窓を解除しようとしたとき、何者かの目が二つ、暗闇から覗いたように見えた。その瞬間、
「ゴッッッッッッ」
“何者かの攻撃”
あまりにも一瞬の出来事だったため、そんな簡単な事に気づくのにも時間がかかってしまった。
薄れゆく意識の中、男はその者の声を聴いた。
「もう少し早く来ていれば……」
オモテヤ ゐ己巳木 @kotobukisushi
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