其の弐 子妖と面・下
二人は、赤い夕暮れに照らされた店に入っていった。
店の中には人の顔を模したものや、火男、狐、兎や、恐ろしい形相をした般若の面まで、たくさんの種類の面がずらりと壁に掛けられている。
「ところで、影纏い様は一人でここにいらっしゃったのですか?」
「うん!あっちの方の〝狭霧森〟ってとこから。」
「それはご苦労でしたね。すぐに御面をお造りしますので、こちらでお待ちください。」
影纏いは、お店にある角の畳とちゃぶ台のある小さな和室スペースにちょこんと腰かけた。
男は店の奥から筆やらなんやらの道具を出してきた。
「色々な形がありますが、どういう御面に致しましょうか。」
「えっ、僕が選んでいいの?このお店に飾ってあるやつじゃなくて?」
「妖のお客様には色々な方がいらっしゃいますので、ほとんどの場合その時にお造りしています。でも、気にいったのがありましたら店に飾ってある御面でもよろしいですよ。」
「じゃあ、僕が選ぶ!えーっとねぇ…」
影纏いは兎の面を指さした。
男はニコッと笑って「かしこまりました。」とお面を片手に、不思議な筆をとった。
「その筆なに?」
男がとった筆は、軸先から肋骨にかけて淡い翡翠色をしていて、穂は冬の野原を駆ける雪ウサギのように真っ白だった。
「この筆は〝
影纏いは男の見事な筆さばきに魅せられていた。白くやわらかい毛先に色をしみこませ、みるみるうちに何も描かれていなかった狐の面ができ上がっていく。それはまるで、辺り一面雪だらけの白銀の世界に春が来て雪が解け、花や野草が息を吹き返したようだった。
「出来上がりましたよ」
男に手渡され、改めて面を見る。いとおし気に笑っている子兎の頬には影纏いが着ている着物の裾に描かれた桃の花の模様があった。
「すごい!かわいい!オモテ屋さんありがとう!」
影纏いは代金を払って表に出た。
「今日はお面を造ってくれてありがとうございました!」
「いえいえ、…そういえば、もう周りが暗くなっていますが、大丈夫ですか?よければ家まで送っていきますが…」
「夜目はきくのでだいじょうぶです。影なので。」
「………心配なので、これを渡しておきましょう。」
男はどこからか持ってきた竹の虫籠を取り出した。中で光りながら飛び回っているのは蛍だろうか。
「
虫籠から放たれた虚蛍は、影纏いの周りを飛び回りながら仄かに光っている。虚蛍に照らされた影纏いは少しうれしそうに見えた。
「ありがとうございました!今度はお母さん連れてくるね!」
男はひらひらと手を振りながら、遠のく影纏いの背中と虚蛍の光を見ていた。
「さて、店の片付けでもしますかねぇ」
虚蛍は店の周りを飛び回っていたが、しばらくして幻のようにどこかへ飛んで行った。
雪が解けてからあっという間に春になり、少しずつ暑くなっていた初夏の夜の出来事だった。
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