第3話 紺碧 #007bbb
壁を破壊した次の日、ヴィーチェはセリスに連れられて不承不承あるところへ連れてこられた。ポータルを抜けた先に広がっていたのは一面の緑。気持ち良い風があたりを吹き抜ける。
「おぉい、セリス。昨日の連絡の意味意味わからんから、来た来た時に聞こうと思って。何でも壁を貫通されたとか破壊されたとか、お前の家の鉄壁の結界が破られたとは考えにくいし、壁を破壊されたなんて物騒なことが起きた理由がまったく理解できなくて。」
そう言って牧草を集めるフォークに地面に刺してにこやかに話しかける。紺碧の髪と瞳、そして何よりも自然に鍛えられた感じの筋肉の付き方に、ヴィーチェはうっとりしていた。彫刻作品の具現化が目の前にいるのだ。ヴィーチェが声をかけるより先にセリスが話し始めた。
「こちら、エドガー・ジョバンニ。12騎士の8位で、脳筋プレイが得意だ。こちらは5位のベアトリーチェ・ド・チェンチ。」
よろしくとふたりが握手した後に、エドガーが両手を握りしめ、セリスのこめかみを押さえつけながら、強く回していた。
「誰が脳筋だ。お前は相変わらず口が悪すぎる。」
痛いとのたうち回るセリスの姿にいつもの冷酷さが微塵もないことにヴィーチェは驚いた。
「ところでセリス、タダ働きしたいと言っていたな。」
エドガーの発言にセリスは目を丸くして否定する。
「ヴィーチェがうちの壁を破壊したんだ。その分を働いてもらわないと気がすまない。私はただ働きが嫌いな事は知っているだろう。」
この2人がまだどういう関係にあるのか、ヴィーチェには判断しかねたが、どうやら力関係はエドガーの方が上らしいということはわかった。
「じゃあ、ヴィーチェには雑草でも燃やしてもらおう。セリス、ついでに耕うんを頼みたい場所があるんだが、やるよな。」
「なぜ私が。だからさっきも言った通り、タダ働きは嫌いなんだ。」
人にはタダ働きさせておいてと、ヴィーチェは小さく呟いた。
その時だった。3人の目の前に突然ホログラムが発生し、緊急事態と赤く書かれた文字とともに不気味な黒い塊が揺らいでいるのが表示されている。それと同時に軍の攻撃が開始されているのか激しい弾幕が映し出されていた。
〚現時刻を持って、対象を
「セリス、神のご指名だ。」
エドガーは大仰にやれやれと言わんばかりのジェスチャーをすると、フォークの柄で簡略化された魔方陣を描いている。
「ベアトリーチェの初陣はまだまだよな、セリス。」
「まだご信託から日が浅い。超級までの戦いはみせたが、弩級はそもそもあまり出てこないからな。」
セリスは当然のだろうと言わんばかりに、エドガーに言い放つ。
「ならば実際に見せるのが早い。いざ戦場へ。」
魔方陣が紺碧の光を放ったかと思うと、3人の姿はそこにはなかった。
眼下に広がる魔族と王国軍の戦い。硝煙の香りが上空まで広がる。
「さて、仕事しますか。セリス、術名くらい言えよ。合わせにくいからな。」
ポリポリと頭をかくエドガーに、面倒なことに巻き込まれたとやる気皆無なセリスだったが、エドガーの一声で一変する。
「
ザァっと波の音がしたかと思うと、紺碧色の巨大な結界が発生し、魔族を覆い尽くす。結界が閉じる前に、二人は結界内に入るとぱちんと音がして、結界が閉じてしまった。結界が発生した以上、術が破れるか解かれるかいずれかの場合のみ、外からは手出しできないため王国軍の攻撃も止まっていた。
紺碧色の立方体の結界は透けて見えていて、中の様子だけではなく、音声もクリアに聞こえていた。
結界には役割があり、外部からのいかなる事象からの遮断とともに、内部からのいかなる攻撃も絶対に外部に漏らさないというふたつの側面がある。
「セリス、結界張ったのこっちだから、初手よろしく。」
ニヤニヤしながらも、ひらりひらりと魔族の攻撃をまるでスキューバダイビングするかの様にうまく交わしているエドガーをセリスは苦々しくみつめながら、力を呼ぶ言葉を詠うとピアノの高音のような音がした。
「星々により悪しき者への粛清を。
紡がれた詞の通り、流星雨さながらに無数の隕石が結界内に降り注ぐ。それに呼応するようにエドガーが力ある詞を唱えると波のような音が聞こえた。
「
その名の通り、深く重い青色の光を放つ大鎌で魔族の端から削り取りながら、セリスの無数の流星雨を避けながらも、エドガーは満面の笑みを浮かべていた。
「セリス、いきなりメテオレーゲン打つなよ。当たったらどうする。しかも久しぶりの呪文詠唱で思った以上に火力上がっているだろう。」
「そうだ。わかりやすくするため、詠唱をした。こちらの思うより体感で1.5倍ほど上がっているが、なあに当たらないようにすればいい。」
「そうだよな。」
2人は雑談をしながらも高位魔法で確実に魔族を損壊させていく。先程王国軍が傷ひとつつける事すらできなかった魔族に、いとも簡単に損傷を与え、ついに魔族の頭脳ともエネルギー体とも呼ばれる、核がくっきりと露出していた。無数の血管状のものが絡みつくだけでなく、暗紫色した核の中は不規則に流動しており、不気味さをより際立たせている。
「おい、セリス。一気に畳み掛けるぞ。」
エドガーの一声で二人から魔法発生時の固有音が先程より大きく聞こえる。
その声を切っ掛けにエドガーが叫ぶ。
「膨張。」
魔族の核が一瞬にして倍以上に膨れ上がる。それに呼応するようにセリスは冷淡に言い放つ。
「圧縮。」
膨れ上がっていた核は四方八方からのセリスから放たれた超高圧魔力により、ギチギチと音を立てながら、極小の玉になっていた。
「セリスさんよ、前から思っていたけど、圧縮に容赦無いな。」
「魔族に容赦はいらないだろう。我々に弓引くものは何人たりとも容赦しない。それが我々騎士の存在意義では。」
上目遣いではあるが、鋭い眼光のセリスの凄みに倍の年齢のエドガーは思わずたじろいだ。結界はさぁと音を立てて消えていく。
「全く可愛げのない。魔晶石はやるから、畑仕事よろしくな。」
弩級魔族と戦ったことでうやむやにしようと思っていたが、エドガーがしっかり覚えていたことに、セリスは小さく舌打ちした。
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