3 通りゃんせ

 オフィスビルの界隈、どこにでもある大型バスに乗り込むと、僕は椅子を勧められて、浜中少尉は機材が集められた後ろへ進んだ。

「あの女は?」

「一人はジャミングで解析不能でした。もう一人はこれですね」

 パソコンを前にした佐藤が緊張のない声で答えた。高校生でも通じそうな顔をしていたが、話し方は小学生でもマネできそうにない。人というのは突き抜けると、何とも言い難くなるのかもしれない。

「ひびちゃん、お久しぶりです」

「お、旦那さんは元気か?」

「離婚しました!」

「だから顔よ」浜中少尉はイライラしていた。「地下系アイドル?」

 佐藤少尉はタブレットで二つの画像を見せた。ゴスロリの方は一樹美弥という自称アイドルだそうだ。

「発言からして魂に奪われたということかも。地獄穴が活性化してるわけですね。他の連中は魂の欠片で動かされていたのかな。まさしく鬼の親衛隊というところですね」

 浜中少尉は嫌そうな顔で声を聞いていた。かわいらしいと思うけどいつものになると腹立たしいらしい。

「浜中少尉、淀屋橋の袂に地獄穴を発見しました。支援できますか」

 佐藤の声が険しい。

「了解」

「一帯は零式結界で封鎖作業中だそうです」

「状況は途中で聞く」

「了解」

「ごめん。付き合える?」

「構わんで」

 僕はバスから降りると、駆け抜けるバイクを見送った。浜中少尉は急停止したミニバンに乗り込んだ。

 浜中少尉はインカムから聞こえてくる情報を僕に伝えた。

「マンホール大らしいわ。零式結界で漏れは防いでるようだけど」

 しばらく走ると、

「了解」

 浜中少尉は運転手に対して戻るように伝えた。僕は徐々に車が停止するのを感じながらハーフブーツの靴紐を結びなおした。

「一人で行く」

 と告げて車を降りた。

「結界は破られたのよ」

「少尉は命令遵守で。きび団子期待してるよ。ではまた後でな」

 

 住友の前を抜けて、冬の風が通る川の上の橋を越えたところ、市役所の前の気配が淀んでいて、あきらかに地獄穴が臨界点に達し、異形の鬼がわらわらと這い出していた。背丈は子どもほどのものもいれば四つ足のもの片目のものもいる。獣のように毛に覆われているもの、生皮のようなものは首が二つある。

 僕は数匹を倒した。

 龍洞拳の敵の魂を砕くことにあると言われている。倒されたものは輪廻の輪からも消し去られる。

 虫に戻ることもない。

 引火は無への引導の印だ。

 地獄穴を塞がないと、霊の世界から肉体を求めて、輪廻の輪から逃れたい魂が次々と現れる。

 世の中、輪廻の輪など悠長なことを受け入れたくない連中も多い。生きていられるなら、ずっと生きていたいが、肉体はそうもいかない。いつまでも若くはないし、老いさらばえるし、いずれは朽ちる。そうであれば魂を新しい肉体へと乗り換えればいい。秘術があるのならば。

 マンホールほどの地獄穴から互いを押し退けるように魂が這い上がろうとしていた。地上に現れた魂は肉体を求めて草木、土、虫などを掻き集めながら空まで浮かぶ。火炎が空を覆い尽くすと、臭い土くれが雨のように落ちてきた。僕は地獄穴に渾身の一撃を撃ち込んだ。拳の勢いとともに青白い炎が覆い尽くした。

 安堵する間もなく、僕は寸前のところで刃風をかわした。植え込みのサツキの枝が払われ、僕は次々と襲いかかる刃風から市役所の前を逃げた。さっきの女だが、どこにいるのかさえわからない。柱の陰に背をつけて隠れて様子を探ろうとした。

 一人なのか。

 そうしていると、広場に黒いラフなジャケットにカーキのパンツ姿の女が右手に打刀を持って出てきた。

 罠かな。

「罠じゃないわよ。わたしはおまえと話したいだけだ」

 僕は柱から出て、階段をゆっくりと降りた。他にもいる。近くにいるのは五人だ。川向いに二人。

 両手を上げて出た。

 僕は彼女と正対した。整えられた眉から通る鼻筋、薄い唇、頬を包むような髪、黒いジャケットの上からでもわかる華奢な肩。ズボンは冬の冷たい風に吹かれる。覗き込んできた上目遣いにドキッとした。

 僕は慌てて背を向けた。

「あのさ」肩越しに覗かれた。「ちょっと舐めてんの?罠じゃないとは言ったけどさ」

「え?罠なん?」

「違うけど。それにしても後ろ向くなんてバカにしてるの?」

「ごめんなさい。電話かかってきたもんで。いいですか?」

 突然、スマホが震えた。僕は画面を見ると、少尉と出ていた。

「ちょっと待ってください。もしもし如月です」

「調子狂うわね」

 僕は呆れた相手を手で制し、他から彼女に近づいてくる影を目で追いつつ浜中少尉の言葉を聞いた。

「グランホテルの上とは。てかグランホテルてどこ?」

『アジト』

「あ、はいはい」

 電話口から銃撃音がした。今すぐ行かなければならない。

「ごめん。また話は後で。グランホテルへ行かないといけないんで」

 彼女は僕の手からスマホを引ったくった。後ろには拳銃を構えた三人がいて、どうにもならない。

「一緒に来い」

 セダンに乗せられた。後ろの座席でスマホを奪われ、番号を登録された。二宮礼子と記された。あちらには「きさらぎ」と記された。

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