第53話

「そ、そんなことしたら…」


緑は気が動転した。



「どうせ、もうバレてますから。あなたと兄がホテルに入って行くところを僕が影から撮って 瀬里香さんのメールに添付して送ったので」


そう言うと、徹はグラスに残っているコーヒーを飲み干した。



表情や口調は冷静だが 口を開く度に度肝を抜かれる様な徹の言葉に、緑は只々困惑していた。



「青井家に行って、どうされるのですか…」


緑の唇は微かに震えていた。



「もう白黒はっきりさせたらいいんじゃないでしょうか。早かれ遅かれ いつかはバレますよ」



緑は俯いた。



「もし、あなたが兄のことを本気で好きになってしまったとして 運良くあなたが兄と結ばれたとしても、きっとまた同じことを繰り返しますよ。浮気症は治らないから。今は良くても、恐らくあなたも幸せにはなれないと思います。それでもいいんですか?あなたは、本来はそんなことをする人じゃないと 僕は思っています」



緑の頭の中で ふと母の顔が浮かび、思わず涙が溢れた。



「お互い、もう正直になりましょうよ。これで頭を打ったのなら素面に戻って 自分の幸せを考えるように、人の幸せも考えましょう。…兄は、今日は何時にホテルを出発しましたか?」



「はっきりした時間はわかりませんが、午前中です」


そう言って、緑は頬の涙を拭った。



「そうですか…多分 お盆の帰省ラッシュで高速道路は渋滞してると思うので、帰宅は夜になるでしょう。それまでに電車に乗って先回りしましょう。満席で座れなかったらごめんなさい」



「もし、間に合わなかったら?」



「大丈夫だと思います。兄のことなら、きっと早々には青井家に戻りたくはない筈だから」






陸斗が車を走らせていると、途中で渋滞に巻き込まれた。


(クソッ、やっぱなぁ〜。ああ、だりぃ。

…そだ、俺、土産買うの忘れてる! 土産の1つくらい持ってかないとマズイよな。なんだかんだでほんともう、メンドくせぇ。でもまぁ、あんまり早く帰っても仕方ねえしな、あの家に)



陸斗はハンドルの向きを替え、途中にあるサービスエリアに入って行った。

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