第32話

青井家の外観の灯りが全て消えると、少し離れた路上で踵を返し去って行く誰かの影があった。




緑は2日前に藤川から受け取った調査報告書を、机の上に置いた。


【青井 瀬里香の生育歴】


無造作に パラリと捲ったページには、瀬里香の最終学歴が記載されていた。


・明光女子大学 文学部卒


…世間的にいうところのお嬢さん大学か。


【青井家の1人娘 瀬里香の生育歴は両親の愛情を一身に受けて育ち、不自由なく暮らし、大学卒業後はメディカルクラークの称号を得て父が開業する青井クリニックを手伝い 現在に至る】


緑は報告書を閉じた。


この女は 私とは違う。

父を亡くし、体の弱い母には 生活のためとはいえ、昼夜問わず働かせ続けてしまうわけにもいかず、高校を卒業してすぐに看護学校に通い始め、ずっと ずっと 働き続けてきた私とは…



そんなことでこの人を羨むのは間違っている。

陸斗の奥さんには 何の罪もない。


わかってる。 わかってるけど…


緑は机の上に突っ伏した。


何で このひとなの?


もう充分 幸せじゃない。 陸斗がいなくても。


なぜ 平等じゃないの?


私にだって 幸せになる権利はあるのに。



緑は青白い顔を上げ、唇を噛みしめた。


陸斗は、野心でこの女と一緒になったの?


私を初めて抱いた時、陸斗は 出会った時に女から言い寄ってきて、そこからずっとつきまとわれたって言ってた。


…野心があったのは この女?


わからない!


何れにしろ、陸斗が本当に好きなのは この私。


好きな人と結ばれるのが、結婚ってものじゃないの? そうだとしたら…


緑はもう一度調査報告書を開き、ページを捲った。


「あっ」


書類の最後のほうに、

【香坂 陸斗の生育歴】

と記載されているのに気付いた。



緑は目を釘付けにして 読み進めていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る