第16話

瀬里香が帰った後、陸斗はぼんやりと考えていた。


(親父に会わせろ、か。面倒くせぇな。ま、でもそうだよな。俺のとこの親にだけ会わずに結婚なんて、おかしいもんな。面倒なことは野心と引き替えに、必ず付いて回るもんだ。そこをどうやってうまく誤魔化すか、或いは回避するか、の2択だな。口裏合わせをするしかないか)



陸斗はまた、ごろんとソファに横になった。


あの時、瀬里香に出会わなければ…




ー5年前ー


俺は医大を卒業したばかりの研修医だった。


疲れた体で、何とか電車の中で空いた席を見つけて座った。その隣りに瀬里香が座っていた。


瀬里香は居眠りをしていて 電車が揺れる度に、コクンコクンと上下左右に頭を振り回されてたっけ。

この女は気楽そうでいいなって 思わず笑えた。


足元には有名百貨店で買った紙袋がいくつも置いてあって、こいつは結構な金持ちなんだろうなって、何気に思った。


次の駅に着いた時、扉が閉まる寸前に瀬里香はハッと目を覚まし、慌てふためきながら降りていったんだ。

足元に置いてあった紙袋をちゃっかり置いて…



その時のことを思い出し、陸斗はブッと吹き出した。



で、俺がその紙袋を持って 降りなくてもいいその駅で降りて、瀬里香に声をかけた。


「あの、これ…忘れてましたよ」



忘れ物に気付いた瀬里香にえらく感謝されて…

俺はそれだけ渡せば帰るつもりだったが、背後から瀬里香に声をかけられたんだ。



「あの…何かお礼をさせてください! 駅を出たところに 美味しいコーヒーが飲めるお店があるんですけど、ご馳走させて貰えませんか?」


よく見ると、可愛らしい人だと思った。


特に予定がなかった俺は、誘いに乗った。




カフェで思いの外話が弾み、そこで知った。


瀬里香があの有名な、青井外科クリニックの1人娘であることを。



俺達は、それがきっかけで付き合い始めた。



その内、俺の中にある野心が 徐々に頭をもたげ始めたんだ。

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