第6話

(嘘だよ)


病院に戻る車の中で、陸斗はニヤリと笑った。


(いつまでもジイさんの長話聞いてるほど暇じゃないんだよ。絶対的証拠を見せつけることだけが目的だったんだから)




途中の洋菓子店の前で、陸斗は車を停めた。


「いらっしゃいませ」


店のガラス戸が開くと、感じのいい女店員が

笑顔で陸斗に声をかけた。



「パウンドケーキデラックスの18個入を1つください」


「かしこまりました」





「ありがとうございました!」


女店員が深々と頭を下げる。




ケーキ店の紙袋を持った陸斗は車に乗り込むと、病院へと急いだ。





白衣を翻しながら病棟の廊下を歩いている陸斗の背後から、同じ科の医師 小島 尚人こじま なおとが声をかけた。


「香坂先生、8012号室の井上いのうえさん、午後に少量の下血があったので 一応僕が代わりに止血の点滴をしときましたが、後で確認お願いします」


「わかった。ありがとう」


「井上さん、手術オペしたばかりですし、目 離さないほうがいいですよ。どこへ行かれてたんですか」


小島がそう聞くと、肩を並べて廊下を歩きながら、陸斗が言った。


「親父の体調が悪くてね…呼び出されたんだ」


「あ、そうだったんですか。…大変ですね」


「そのお礼と言っちゃ、あれなんだけどさ」


ふいに 陸斗が立ち止まった。



不思議そうな顔の小島。



陸斗が小島に言った。


「今夜の当直、僕が代わるよ。確か当番だったよね」


「はあ…そうですけど。…いいんですか?」


「いいよ。たまにはゆっくり体 休めなよ」


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」



小島の肩をポンと叩くと、陸斗は先に早足に歩いて行った。



(なぜなら 今日は陣ノ 緑じんの みどりが夜勤だからさ)


陸斗は不敵な笑みを浮かべた。

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