第9話 霊媒師は人を喰ったような奴 ②(他者視点)
死を畏れない人間などいない。
恐怖しない人間ならいる、そもそも人は死を自分で選べるのだから。
だがそれは、根源的な死への畏れとはまた別のもの。
だが、眼の前の男にはそれがない。
心の底から、本当に死を畏れてはいないのだ。
死というものを、ただあるがままに受け入れているとでも言えばいいのか。
「――妖鬼? 珍しいな。こんなところで何をしているんだ?」
『何をしている……だと? 我が貴様に襲いかかったのを理解できなかったのか?』
「ん、ああ。まぁ危害は加えられていないからな。リツの守りもあるし、なんてことはないさ」
本当に、なんでもない様子で男――霊媒師は語った。
少しだけ驚いた様子だったが、それは突如として現れた我に対する純粋な驚愕であり畏れではない。
我を前にして、見知らぬ異人に声をかけられたかのような態度を見せている。
ありえない、我は一号妖鬼だ。
その威圧を正面から人が浴びれば、畏れ竦み上がるに決まっているのだから。
たとえ退魔師であっても、できるのは”耐える”ことだけ。
耐えるということは、畏れを意識したということ。
なのにこの霊媒師は、その素振りすら見せていない――!
『ふざけるなよ、我は……我は一号妖鬼、ロウク! 貴様をくらい、その加護を奪う!』
「俺を食べる? 止めといたほうがいいと思うが――」
霊媒師の言葉を待つことなく、我は霊媒師に襲いかかった。
その鉤爪は、見えない壁に阻まれる。
龍神の加護、流石にそれは本物ということか。
だが、この程度の壁を破れぬようでは、我は龍神も、退魔師達も滅ぼせぬ。
続けざまに鉤爪を突き立てる。
しかし――
『なぜだ! なぜ破れぬ! 我は一号妖鬼ロウクであるぞおおお!』
「一号妖鬼に攻撃されるのはこれが初めてだが……立場上、一号霊魂を除霊しないとはいけない時もあるからな。そうなると、これくらいの守りは当然だ」
『一号霊魂だと……そんなもの、己ぇ!』
言葉の上では、まるで気にした様子はなく我は攻撃を続ける。
しかし、内心には動揺があった。
一号霊魂を除霊した? つまり成仏させた?
この凡庸で何も無い男が?
ありえない。
しかし、それを絶対と断じれない程度に、眼の前の霊媒師は異常だ。
あまりにも、我の攻撃に対して泰然自若としすぎている。
「それにしても……ロウクと言ったね。君はなかなかすごいな、俺に対して攻撃を仕掛けてくる妖鬼は今までいなかったのに」
『それは、奴らが脆弱すぎるだけだ! 我は、奴らとは違う!』
「……なるほど、若いのか。といっても、それでも俺よりは年上なんだろうけど」
『ふざけるなぁ!』
見透かされている。
我のことを、その何も畏れのない瞳で観察している。
そう感じた時。
ゾクリ、と我は確かに畏れを感じた。
ありえない。
畏れを覚えるのは、人間だけだ。
妖鬼は畏れない。
神も、人間も、何に対しても!
「……妖鬼は、畏れを抱けない」
思考した瞬間。
霊媒師は、こちらを見透かしたかのように言葉をこぼした。
「なるほど、前にリツから教わったが、こういうことだったのか」
『な、何を言っている……!?』
「妖鬼は畏れを喰らう存在だろう? そんな妖鬼が、自分で畏れを感じてしまうのは一種の矛盾だ。だから、妖鬼は畏れを抱けないようにできている」
それは、確かにその通りだ。
我はそれを当然のことだと考えていたが、こうして霊媒師に畏れを感じた瞬間。
霊媒師がそれを指摘した瞬間。
どっと、それがなぜかとても恐ろしいことのように思えてくる。
「でもそれは、妖鬼が畏れる対象がこの世界に存在してないだけなんじゃないかと、今考えたんだ」
『そんなもの……いるはずがない!』
「だけどお前は、俺に畏れを感じているみたいだが」
『――――ッ!!』
その瞬間、我は飛び出していた。
その言葉に怒りを抱いて。
ありえぬと、否定するために。
そうだ、そのはずだ。
決して、恐怖を押し殺すためなどではなく――
しかし、それは障壁に阻まれた。
当然だ、我は龍神の守りを突破する力を持っていないし、状況は何も変化していない。
ただ、我自身が畏れを抱いた。
それだけだというのに――
「ロウク、俺に手を貸してくれないか?」
ふいに、声がする。
「はっきり言って、リツの性格を考えたらリツは君を許さないだろう。多分、結構ひどい末路を迎えることになる」
『あ、あ、あ……』
「でも、俺にこうして攻撃してくる妖鬼なんて初めてなんだ。その勇気を買って、俺の除霊に協力してほしい。一号霊魂を除霊する時だけでもいいからさ」
そうすれば、リツに君を殺させないよう俺からお願いするから。
そんな言葉が、我の意識に染み渡っていく。
――理解した。
理解、してしまった。
人間は、妖鬼にとって餌だ。
しかしそれは、人間が畏れるからにすぎない。
畏れを抱かない人間は、むしろ逆。
この男にとって、妖鬼は餌に過ぎない。
才能もなく、霊力もなく、戦う力は他人任せ。
そんな、凡庸極まりない人間は、しかし――
――この世の、ありとあらゆる妖鬼の天敵である!
そう、理解した時。
我は霊媒師に、腹を見せて服従を誓っていた。
めっちゃモフられた。
死ぬほど気持ちよかった。
霊媒師好きぃ……はっ! 違う、これは違うからな!
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