第8話 霊媒師は人を喰ったような奴 ①(他者視点)
我はロウク、一号妖鬼である。
言うまでもなく、我は強い。
妖鬼同士の争いでも、退魔師との喧嘩にも負けたことがない。
若輩だと我をバカにするモノもいるが、そんな若輩にも勝てぬ輩に傾ける耳などないのだ。
人を食ったことがないという欠点こそあるが、そんなものは今どきの妖鬼なら当たり前のこと。
そもそも人を食うだけで本気で退魔しにくる退魔師がいかんのだ。
昔から、人食いの妖鬼には絶対に容赦しないのが、退魔師というもの。
我とて負けるつもりはないが、やるからには必勝を期す必要がある。
今は機を伺っているだけだ。
とはいえ、妖鬼は人の畏れを食べる存在。
最近の妖鬼は人を食べる手段がない。
ゆえにこそ、人が元来持っている畏れを横からかすめ取るしかないのだ。
方法は二つ。
人間どもが心霊スポットだとかいう、霊魂を怖がるための場所に潜み、やってきたバカな人間の恐怖感情を食うこと。
もう一つは人の生活に入り込み、人が潜在的に抱いている死への畏れを少しずつ食らっていくこと。
はっきり言って、屈辱的だ。
昔の人々は妖鬼を常に畏れていた。
夜の影を妖鬼として畏れ、不可思議な物音を妖鬼として畏れ。
妖鬼は、百鬼夜行としてこの国すべてを支配し練り歩いていたのだ。
そんなかつての全盛期を知らずに、我は生まれた。
父上も母上も、偉大なる大妖鬼。
特に父上は零号妖鬼――この国において、知らぬものはいない存在だったのだ。
今は、完全に母上の尻に敷かれて、呑んだくれているダメ父上だったとしても!
とにかく。
我はその時代を取り戻したいのだ。
しかし障害は多い。
今では数を減らしつつあるとは言え、退魔師の技術自体は衰えていない。
どころか、最近の退魔師どもは旧世代の退魔師が使わないような連絡手段を使ってこちらを追い詰めてくる。
連中は厄介だし、旧世代の退魔師とて老獪、油断はできぬ。
故に我は、神魔の加護に目をつけた。
神魔。
この世界に存在する、自然現象の化身。
ないしは人の信仰によって神として定められた存在。
あるいは、神を脅かす伝説上の悪魔。
妖鬼との違いは、”命”を持たないということだ。
神魔は生きていないし、死んでもいない。
ただそこに在る存在、それが神魔。
何にせよ、その力は本物だ。
そんな神魔は、人に加護を与える事がある。
その加護は退魔師ではない人間に、妖鬼や邪悪な霊魂を退治する力を与えたり。
神魔そのものを害するために使われるのだ。
そして、加護を与えられた人間を妖鬼が喰らえば、その加護を妖鬼は奪うことができる。
これならば、退魔師に対抗する力を得ることができる。
加護を与えた神魔とは絶対に相いれぬ仲になるがそれでも、加護を奪えばその分神魔の弱体化になる。
そして弱体化神魔を逆にこちらが喰らえば更に力を得られる。
一石二鳥ではないか。
完璧な作戦である。
そんな折、神魔と契約し加護を得た人間の噂が我の耳に飛び込んできた。
名を鞍掛サトル。
後に、霊媒師となるあの男だ。
我がやつの噂を知った時は、まだ学生だったので正確には霊媒師ではないのだが。
まぁ、分かり易いので霊媒師と呼ぶことにしよう。
聞けばこの霊媒師、退魔師でもなんでもないただの人間だという。
実際、退魔師なら持っているはずの霊力も、霊術に対する心得もない。
だったらなんだって、神魔はこいつを選んだのか?
我は全く持って疑問だった。
契約したのは、神魔"
あの一帯を、千年以上支配している零号神魔。
なるほど確かに、零号神魔というのはとんでもない存在だ。
加えて龍神、龍というのは神魔の中でも特に強力な神魔として知られている。
だが、リツには信仰がなかった。
とっくの昔に人々から忘れられていた、名もなき神魔だったのである。
神魔にとって信仰の力は何よりも大事。
それを持たない神魔など、たとえ零号であろうと取るに足らぬ。
何より、所詮零号など嫁の尻にしかれている呑んだくれだ、故に我はリツに本気で勝てると思っていた。
霊媒師を食い殺し、加護さえ奪えばなんてことはない、と。
しかしそれは、霊媒師と出会った時点で破綻することとなる。
我と霊媒師の出会いは、真夜中のことだった。
人のいない公園で、霊媒師は霊魂を成仏させていたのである。
そこに我は割って入った。
無防備だ、何一つ我を阻むものがない。
――実際には、奴の持つ龍神の護符に、我が気付いていなかっただけなのだが。
ともかく、その時の我は本当に躊躇いなく奴を食い殺すつもりだった。
奴と、目が合うまでは。
目があった瞬間、奴を我が恐れた?
ありえぬ、奴の眼は本当に凡庸で才などまったく感じられない。
覇気とて、毛ほども感じることはできなかった。
では、何があったのか?
逆だ。
なかったのだ。
奴の眼には、突如として現れた我への”畏れ”が。
人間ならば、誰しもが持っているはずの、死に対する恐れが、全くと行っていいほど存在していなかったのだ。
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