第6話 妖鬼は人を喰らう ①
なんでもない昼下がり、俺の事務所に”そいつ”は現れた。
『出てこい、霊媒師』
唸るような、人ならざるモノの声。
具体的にはちょっと加工入ってる感じ。
現れたのは、蒼の獣。
数メートルはあるかという巨体の狼だった。
事務所にすっぽり収まるかという体躯が――
「……出てこいも何も、俺は後ろにいるぞ」
――俺に背を向けていた。
尻尾がゆらりと揺れている。
『なに!? 貴様、いつの間に後ろに!』
「”ロウク”が出現の位置を間違えて後ろ向きに現れたんだよ。俺は最初からここにいる」
『ぐ……おのれ霊媒師、図ったな……!』
そう言って、狼――ロウクが振り向こうとして失敗する。
デカすぎたのだ。
事務所が大変なことになるから、今すぐサイズ小さくしなさいって。
実際、ロウクは自身の身体をシュルシュルと小さくして振り向いた。
それでも人と同じくらいの大きさがあるが。
『我にこのような侮辱……許さんぞ霊媒師!』
「だから俺は何もしてないって。それで、今日は何をしに来たのさ」
『妖鬼同士の集まりで近くを通ったからに過ぎん。酒がうまかったからな、ツマミにお前を喰ってやろうというわけだ』
――妖鬼。
この世界に存在する、人ならざるものの一種。
霊魂との違いは、人が死んだ後になるのが霊魂であり、妖鬼はそれ以外であるという違い。
妖鬼は、動物が死んだ後に変化するものから、人間が生きたまま変化する霊も存在する。
他にも妖鬼同士の子供として誕生する場合。
眼の前の妖鬼――ロウクと呼ばれる狼は最後のパターンだ。
『恐怖で顔がひきつっているか? くくく、いいぞ。その恐怖ごと美味しくいただいてやるとしよう』
「はいはい。とりあえず仕事が終わったら相手するから、そこでまってて」
『我をミクモと同じ括りで扱うな! ころすぞ!』
「最初から殺すつもりだったんじゃないのか……?」
『……!!』
ロウク。
俺と繋がりのある、数少ない妖鬼の一体だ。
そもそも俺は、退魔師もそうだが妖鬼や神魔ともあまり繋がりがない。
退魔師に関しては説明した通りだけど、妖鬼や神魔もリツを避けているのだ。
そんな中で、ロウクはリツを怖がらずに俺へ接触してきた。
理由は――それこそ、ミクモちゃんと同じだ。
『貴様ぁ……! この一号妖鬼たる我を愚弄するつもりかぁ!?』
「愚弄はしてないけどさ……そんなに言うなら、口ばっかりじゃなく普通に襲いかかればいいじゃないか」
『それだ!』
「ええ……」
一号妖鬼、つまり俺が普段除霊している二号霊魂よりもすごい存在だ。
実際、ロウクは零号妖鬼と一号妖鬼の子供ということもあってミクモちゃんと同じように将来有望な妖鬼である。
ただし、年はまだ百年も生きていない若造。
リツの十分の一だぞ、これをリツの前で言ったらたとえ俺でも殺されるが。
ちなみに性別は不明で、数年の付き合いになるが人型になったことは今のところない。
妖鬼は性別という概念そのものがない奴も多いのだ。
こいつのご両親とか、父親と母親って呼ばれてるのに見た目両方女性だし、どうなってるんだろうな?
『死ねぇ、霊媒師!』
かくして、ロウクは勢いよく俺に襲いかかり――
俺に食らいつく直前で、見えないなにかに阻まれた。
『ぎゅお、なんだこれは……! 霊媒師、何をした……!』
「いや……ロウクの牙を護符として持ち歩いてるだけだけど……」
『誰だそんなものを霊媒師に渡したのは!』
「ロウクだけど……乳歯が取れたって、喜んで報告してたじゃん」
『!?』
案の定覚えていなかったのか。
ロウクは、細かいことを気にしない性格である。
バカとか言ってはいけない。
『く……妖鬼の牙を護符に使うなど……退魔師が見たら泣くだろうなぁ! 我ら妖鬼と退魔師は古くからの宿敵なのだから!』
「それは個体によるだろ。中には退魔師と協定を結んでる妖鬼だっているんだから」
『そんな軟弱な存在は妖鬼とは認めん!』
いや、君のご両親だって退魔師と一定の協定を結んでるじゃないか、とは言わないでおく。
ともあれ、ロウクの牙は実際役に立っているのだ。
俺は霊魂相手なら、霊障を受けることなく近づくことができる。
だが、強力な霊魂やロウクのように物理的な肉体を持つ妖鬼、神魔相手の物理攻撃を苦手としている。
それを防ぐうえで、一号妖鬼のロウクの牙は非常に強力である。
こういった護符をそこそこ持っているのだ、俺は霊力とかないから自前の自衛手段を持たないからな。
『硬い……この結界硬いぞ……! なぜ我の攻撃に我の牙がここまで耐えるのだ……!』
「それは秘密」
ヒントはリツ。
答えはリツが神力を注いでくれたことで強化されている、だ。
ともかく。
『ええい、仕方がない。今日はこのくらいで許してやる』
「そうしておこうな」
『……ところで、今は何をしているのだ』
のそのそと、ロウクが俺の方にやってきて後ろから俺の手元を覗き込む。
現在の俺は色々とメールを返しているところだ。
俺の仕事は忙しい時とそうでない時の差が激しい。
でかい依頼一つこなせば、ひと月分の収入が賄えてしまうくらいだからな。
今は暇な時である。
なので俺は、ロウクとの会話へ意識を向けた。
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