第2話:異世界迷子の読書

 よくよく考えてみれば、自分で自分のことを「神だ」なんて言ってしまう存在は、どこかしら頭がおかしいのではないか、と疑ってかかった方がいいのかもしれない。


 神話を例に挙げてみればわかりやすいだろう。ゼウスなどは悪い意味で良い例だ。名を連ねる英雄譚などではその理不尽さがよく伺える。


 思うに、絶対存在であるが故に自身のこと以外には興味が薄いのかもしれない。これでは神は気まぐれで、かつ自分勝手と思われても仕方がないのではなかろうか。あの神を名乗り、そして俺を娯楽として転生させた老人もそのきらいがあるといえる。


 目の前でパチパチと拾ってきた枯れ枝が炎で燃えていく様を見守りながら、俺は内心でため息を吐いた。


「まぁそんな理不尽な存在でも、あれはまだいいほうなのかもしれない」


 手元に残してあった枝を手に取り、炎の中に放り込む。


 死後魂の状態で俺が出会った存在は、自分の提案どおりに事が進んだからなのかホッホッホと嬉しそうに笑っていた。


 それが純粋な喜びからなのか、それとも悪意を持ったものなのかは俺には判断がつかないが、こうして和道尚道わどうなおみちという人間が異世界に転生したことは事実である。


 ならば、こうして生き永らえることができていることを喜んでおくことにしよう。

 例えそれが異世界であったとしても、死からの復活という奇跡を与えられたのだから。


 もっとも、転生後についてはもう少し優しくしてほしかったと思う今日この頃である。


「まさか、転生早々に迷子になるとは思わなかった」


 陽もどっぷりと落ちた深い森の中。


 転生してからすでに数時間は経っているであろうが、俺は未だにこの森から出られずにいた。こっちは異世界の事情も何も知らないのだから、せめて街や村など人がいる場所の近くに転生させてほしかった。


 最初は転生したという事実に興奮し色々と楽しくこの辺りを見ていたが、陽が暮れてしまった後で、よくよく状況を考えればとても危険な場所であることは明白。


 森の散策時に、一口で俺を丸のみにできそうな巨大な生物や、数で蹂躙できる小型の集団生物、歩く巨大植物を遠目で見かけたのだ。当初は興奮で、「すっげぇ」だの「やっばぁ」だの野次馬根性丸出しで観察していたが……一歩間違えれば転生後すぐに死んでいただろう。運良く見つからなかったのは、ただ運がよかっただけだ。


 ただ、転生という奇跡も合わせて、今後の人生における運を使い切ってしまったのではないだろうか?



 まぁ、運を使い切ったからといって、そうやすやすと死ぬつもりもない。


「火が弱い……【ファイア】」


 いつの間にか弱まっていた目の前の火に、俺は指先を向けてそう唱えた。


 わりと危険な生物が多いという異世界。そんな話を聞いて、自衛のためにと与えられたのがこの【魔法】という力である。異世界ファンタジーといえば、もはや定番中のド定番だろう。

 体内で生成される魔力と引き換えに、自身の望む事象を引き起こす超常の力。当然ながら、その使用には制限があるのだが、それも強力な魔法を使用するにはそれ相応の魔力や手間がかかるというもの。それさえクリアしてしまえば、おそらく時間停止すら可能になるかもしれない。


「ただまぁ、容易に人を殺せる力であることも事実。使いどころは、間違えないようにしないとだな」


【ファイア】の魔法を唱えた俺の指先から、小さな炎が迸った。

 パチッ、と焚火の中で小さな音が響くと、目の前で揺れる炎の勢いが僅かに増す。


 好きを逃さず、枯れ枝を追加する。


「とはいえ、使えるものは使わなきゃ俺の命が危ないんだ。安全の確保と、俺の生活のためであれば積極的に使っていくか」


 もしこの【魔法】が戦闘にしか使えない力であれば、今頃俺はこの森の中を走り回り、安全になるまであの化物たちを片っ端から殺して回るしかなかっただろう。なにせ眠ってしまえば、次の朝に目覚めることもなく、知らない化物の腹の中かもしれないのだから。


 ただ、身の安全を守るというのであればこれ以上の魔法はないと、俺は周囲の半透明の壁に目を向けた。

 俺を中心にして半径五メートルの範囲でドーム状に展開された結界の壁。【サークルプロテクト】と名付けた魔法のおかげで、俺は現在も安心して焚火ができているのだ。


 そこそこの大きさの石を魔法を使用し全力でぶつけてもビクともしない程度には感情であるため、これならすぐに死ぬようなことは起きないだろう。


「さて、飯だ飯だ」


 餞別としてあの老人から渡されたバッグの中を漁り、食料である乾パンを取り出し食す。

 決して美味くはないが、腹を見たすには十分だろう。中には乾パンだけではなく、フルーツの缶詰やスープの缶詰、鯖缶や焼き鳥缶……食料、缶多いな。ありがたいけども。


 まぁ、缶については大切に食べることにしよう。


 他にも鞄の中にはタオルや寝袋、サバイバルナイフに食事用のスプーンとフォーク。あとはこの世界の物だと思われるお金……金貨が一枚に銀貨が五枚、銅貨も十枚ほど入っていた。


 どれほどの価値があるかわからないが、金貨が入っていることだし、決して少な過ぎると言うことは無いと信じたい。


 服については最初から着ていた……いや、着させられた? 膝下まである皮のブーツや質素な茶色のローブも相まって、ファンタジーの旅人感がある、ようにも思える。よくわからないけど。


「それと、これだな。一番重要そうなやつ」


 そう言って俺が取り出したのは、一冊の本。

 タイトルも何も書かれていないこの本の中身は、おそらく俺の使用する【魔法】についての勉強本だ。初めのページだけ見たが、それらしい記述があったため間違いはないだろう。


 元々魔法なんてない世界から着た俺にとって、これは自身の力を扱うために必要不可欠なもの。


 今は何となくで火を出したり、壁で結界を作ってみたりと感覚で魔法を使っているが、この食事を終え次第眠くなるまでこの本を読む予定だ。

 内容量からして一晩で読み切れるとは到底思えないが、それでもある程度の理解はできるだろう


「光源は……適当に作ればいいか」


 焚火の火では本を読むのに暗すぎるため、魔法で適当に光の玉を浮かべてみる。


「うん、読みやすくなったな……見たくもないものも見えてしまったが」


 先程よりも明るくなったことで、チラリと周りを見回してみる。


 先ほどまでは見えていなかったが、結界を挟んだ向こう側、木々の影になっている部分から怪しく光る一対の眼。


 そんなのが一つではなく、少なくとも10近くは確認できた。どうやら、お客様方は俺の事を餌か何かとしか見ていないようである。


 本当に、魔法がなかったら死んでいたな、俺。


 しかし、いくら安全とはいっても、これだけ見られていると認識してしまっては落ち着かないし、何なら恐怖でしかない。


 そのため、現在張っている結界に隠蔽の効果を付与しようとしたんだが……これがあっさりとできてしまった。今のところ、何となくで魔法が使えているのだが、本当にそれだけなのかもしれない。


「……まぁ、読んでみればわかることか」


 外が確認できないドームのようになった結界の中、俺は眠くなるまで本を読み進めるのだった。

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