第十一章 イッツ・カルキノスズ・タイム ③
海が見えて来た。
少し視線を移せば、中学校も見える。
慎太はそのまま堤防を目指した。
まだニコイチ火の玉が“アキレウス”で、正体が洸だと知らなかった頃に、お互いアバターの姿でよく話をした場所だ。
(思えば遠くに来たもんだ)
慎太はのんきにそんなことを考えた。
物理的な距離は市内を移動したに過ぎない。そういう話ではなく、この三週間ほどの間にいろいろなことが起きたなという感慨だ。
しかし、彼としては楽しい三週間だった。
後ろを見ると、屋根を飛び跳ねてついてきている洸がいた。
(また洸ちゃんと、こうやって話が出来るようになった)
自然と
自分のやりたいことで頭がいっぱいになり、ついそれを優先してしまう悪い癖もあった。
(ボクが一番わがままだな)
わがままが
それよりも重視すべきなのは、自らで行動を決断し、その結果をいかなるものであっても受け入れること。
(でも、ボクは諦めが良すぎたかもしれない)
袋の中で暴れている大怪獣を見て思う。
たまにはこうやって爆発しないといけないのかもしれない。
こうやって、無理言って、わがまま言って、駄々をこねて……。
アバターは、人の『思い』がたくさん生じたことにより、生まれたという。
だとするならば、たまにはこういう『思い』のガス抜きも必要なのかもしれない。
(かといって、放置は出来ない。
あと一歩まで来ている。
(さて、そのための準備を始めよう)
洸のさらに後ろに久鎌井の姿を確認した。
慎太は堤防の上空で待機した。
洸は堤防に到着すると、上空に浮いている慎太に尋ねた。
「どうすんのこれから?」
その直後、久鎌井も堤防に降り立ち、
「これから俺に何をさせようというんだい? 考えがあるのだろう? 慎太くん」
「そうですね。この大怪獣を包んでいる袋を使って、海上にリングを作れませんか?」
「え? リング?」
「輪っかじゃないですよ? プロレスのリングです。バトルフィールドを作って欲しいんです」
「えっと……できるかな?」
「弱気になっちゃだめですよ、久鎌井さん。慎ちゃんなんて、こんなデカくなっているんですから」
「うーん、やってみるけど、ベースが“アイギスの盾”だから、四角は無理かも。円形でいいかい?」
「はい、ボクは問題ないです」
「じゃあ、やってみるか。こんな巨人が暴れるんだ。とにかく広くしないといけないね。じゃあ、君は海上に行ってくれ。それなりに離れてくれよ」
「分かりました」
慎太が堤防から距離を取った。
丁度この海は、二つの半島がせり出し、湾になっている。
(いっそ、湾全体等覆うくらいのサイズで行くか!)
限界ギリギリまで力を使うだけのことと、久鎌井は気合を入れなおした。
「そこで手を離して!」
久鎌井の指示を受けて、袋の口が、慎太の手から離れた。
久鎌井が両手を袋に向けると、袋は自然落下することなく、ゆっくりと海上へと降りていく。
その途中、急激に膨らんだかと思うと、波紋が広がるかのように、波打ちながら袋の口が広がっていく。
“キビシスの袋”は広がり、平面の巨大な円形となる。
その中心には、大怪獣がいる。
「
中心に二足で立った、鯨のように巨大で、カジキマグロのような背びれがあり、全体的には鰐が立ち上がったような見た目の怪物は、その足をゆっくりと踏み出した。
広がった“キビシスの袋”にはもう布のような質感はなく、硬そうだ。“アイギスの盾”の能力が合成されているからだろう、“ケートス”の質量が生み出すはずの衝撃もない。
静かに、一歩一歩と歩き出し、そのうちに突進してきた。
「こっちに向かって駆け出したぞ! 慎太くん!!」
「止めます!」
銀色の巨人となった慎太が、“ケートス”の突進を止めようと前に立ちはだかる。
相撲のぶちかましのようなぶつかり合いの後、巨人はそのまま勢いを止められず、“キビシスの袋”で作ったフィールドの端まで追いつめられる。
「こいつは“アンドロメダ”に辿り着こうとしている!」
「させ、ない、よ!」
巨人はくるりと“ケートス”の背後に回り込むと、柔道の裏投げのように後方に投げ飛ばした。
「さすが“アキレウス”の能力。思った通りの力だ」
“カルキノス”には、成人男子と同程度の力しかなかった。それがいま、こんな巨体を投げ飛ばすだけの力がある。慎太がイメージした、子供の頃に見た特撮のヒーローそのもののようだった。
「それは、慎ちゃんのイメージの力だよ」
慎太は小説を書いているくらいだ。そのイメージ力は無限。
それに、慎太には行動力があり、強い信念があり、勇気がある。
まさに勇者だ。
それでも、堤防から見守る洸には不安を拭い去ることが出来ないでいる。
親友の死。
アキレウスの神話における重要な出来事。
(でも、神話と一緒になんかしてはいけない。だから、オレ自身が筋書きを変えないと)
慎太は、投げ飛ばした“ケートス”を追いかけ、勢いのまま、立ち上がろうとしている相手にドロップキックを決めた。
“ケートス”の身体はフィールドの真ん中から、さらに沖へと後退した。
しかし、倒れずに踏みとどまると、そのまま再び突進をしてきた。
そして、ちょうど中央で組み合う形になる。お互いの手と手を重ね合わせ、力比べが始まった。
しばらくは押して押されてと、上半身が行ったり来たりをしていたが、相手のやり方に付き合う必要などないと言わんばかりに、“ケートス”がその大きな口を広げた。
(いけない!)
慎太はとっさに駆け出していた。
高速の“アキレウス”は水面を駆けることが出来ていた。
洸はただ無我夢中だ。
(くそ、オレも何かに、デカいの、イメージ、オレが子供の頃に見たのは)
洸は、“キビシスの袋”のバトルフィールドに飛び乗り、
「うおおおおおおおおおおおおお!」
巨人と、巨人にいまにも噛みつこうとしている大怪獣の意識が、叫び声をあげる洸に向けられた。
光に包まれた身体が、先程変身した慎太と同じようにみるみるうちに大きくなっていった。
ただ、慎太の巨人と比べると非常にゴツゴツと角ばっていた。
“ケートス”の背後に着地する頃には二体と同程度の大きさとなっていて、後ろから抱き着くようにし相手の胴に腕を回すと、そのまま相手を持ち上げた。
洸の意図を察した慎太は、組んでいた手を外し、飛び退いた。
光に包まれていた洸は、そのままきれいなバックドロップを決めた。
もともと運動力が高い洸だからこそ、慎太のように無理矢理な裏投げになることなく、綺麗な技として完成していた。
洸が“ケートス”から離れ、慎太と並んだ頃には光が消え、その全身が現れた。
「合体ロボだ。レンジャーものの特撮で出てくる何体か合体するヤツだ!」
「オレにイメージできるのはこれくらいしかなかった」
胴体、右腕、左腕、右脚、左脚、それぞれが色も形も違う。別の乗り物が変形し、合体しそれぞれの役割を果たしているのだ。
ただ、あくまで洸のイメージはテレビで見た特撮のイメージなので、本当の機械らしさはなかった。むしろ着ぐるみだ。だからこそ体をエビ反りにするバックドロップなんて技も繰り出せたのだろう。
「ここからは二人で行こうよ。慎ちゃん」
「うん、わかったよ、洸ちゃん」
二人はお互いの右手をがっしりと組み合わせた。
ここからは、タッグバトルだ。
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