第十一章 イッツ・カルキノスズ・タイム ②

 掛け声とともに光に包まれた慎太は、みるみるうちに巨大化し、何処かで見たことのある銀色を基調とした巨人へと変貌へんぼうを遂げた。


「デュワッ!」


 これまたどこかで聞いたことのある掛け声で飛び上がると、そのまま宙に浮き、大怪獣を包んだ“キビシスの袋”の口を握るとそのまま背中にかついだ。


「オレの能力って、あそこまで出来るんだぁ」

「………イメージの力って、凄いな」

 予想外の展開に洸と久鎌井の二人は呆然としてしまった。

 慎太は創作の存在を真似ただけではなく、能力までコピーしている。

 そんなことが出来るなど、洸も久鎌井も鏡谷も、誰も想像していなかった。


 何にしろ、巨人となった慎太が袋ごと担いでくれたおかげで、久鎌井は自由に動けるようになっていた。


 視線の先では、袋の中の大怪獣が暴れているせいで、銀色の巨人はバランスを崩しかけていた。


「暴れるなってば! 久鎌井さん! ボクはこのまま海まで連れていきます。こんなところで暴れたら大変ですから」

「でも、海でもこんなのが暴れたら津波が起きるぞ!」

「そこは久鎌井さんの力に期待したいと思います」

「堀くん、海まで連れっててどうするつもりだ!?」

「まずは、時間稼ぎです。あとは……当初の予定通りと思ってもらえればいいです」

 慎太と鏡谷は、会議室での話し合いに向けて、朝から話し合っていたが、“アンドロメダ”を打倒するにはどうすればよいか意見交換もしている。ゴール地点のイメージは共有できていた。


「久鎌井さんはその“アンドロメダ”もお願いします。で、鏡谷さんは四人の因子所持者ファクターホルダーを連れて来てください。彼らが最重要ですから……。じゃあ、行きますよ!」

「堀くん、出来るだけ高いところを飛んでくれよ。深夜でも外にいる人間はいるかもしれない。そんなドデカい姿を一般人に見られるのは極力避けてくれ」

「はい! ボクと洸ちゃんがよく話していた、中学校の向こうの堤防まで来てくださいね」

 慎太が元気よく答えると、すぐに飛び出していった。

「オレも行くよ!」

 洸がクラウチングスタートの姿勢を取ったかと思うと、駆け出し、跳び上がり、巨人の姿を確認しながら屋根の上を翔けていった。


「鏡谷さん、俺も追っかけなきゃいけ行けないんで行きますが、一つ伝えておきます。慎太くんはすでに同調状態に達しています。あの子が洸くんに能力を貸せと言ったときから、アバターとしての気配が出演していました」

「なるほど、そういうことか」

 久鎌井の報告に、鏡谷は納得の表情を見せた。


「彼の“カルキノス”としての能力は、皆の心を動かす言葉と、勇気ある行動だったんだな」

「確かに、俺も、彼の言葉に自分の本気以上の力を引き出された感じはしますね。さて、俺はコイツを連れていきます」

 彼の後ろにはいつの間にか袋詰めにされて頭だけ出ている暗黒の“アンドロメダ”がいた。

 元居た場所から、ずるずると引きずってきた跡がある。

 「やめろ!」とか、「出せ!」とかありきたりな言葉を叫んでいるが、いまの暗黒の“アンドロメダ”自身には大した能力はなく、また力を使った影響か、はたまた切り札を阻止された影響か、活気があるとは言えない状態であった。


「もう一枚出せたんだな。“キビシスの袋”」

「小さいし、封印能力はほぼないただの袋のような状態だから出せました。いまの“アンドロメダ”ならこれで十分です。じゃあ、行きますね」

 久鎌井は“アンドロメダ”入りの袋を小脇に抱えて、“ヘルメスの靴”の力で飛び立っていった。


「さて、わたしも行くか。皆さんにはわたしの車に乗っていただこう」

 鏡谷は振り返り、声すら上げられず、見ていることしか出来なかった四人の因子所持者ファクターホルダーに声を掛けた。


「……わたしたちが行っても、何もできませんよ」

 慎太の担任の木下がそう言っても、他の三人の誰も否定の声を上げなかった。

「それは違います」

 鏡谷は、木下の目を見て、はっきりと否定した。

 そして、今度は全員に向けてこう言った。

「それに、あなた方がそう思っている以上、あのはた迷惑な“アンドロメダ”はまた現れますよ」

「じゃあ……、どうすれば?」

 二年目の教員、中川が震えた声で尋ねた。

「いまの時代なら、その問いには親身になって答えを教えてあげないといけないのかもしれませんね。しかし、木下教員や榊原教員が学生の時はどうでしたか、小島教員は木下教員と年が近そうですから分かりませんが、昔ならきっとこう言われたのではないでしょうか? 自分で考えろ、と」

 厳しい言い方かもしれないが、その声色は決して中川を突き放そうとしているわけではないことを伝えようとしていた。中川もまた、そのことは理解しているつもりではある。だからこそ、尋ねる声は震えていた。

「でも、そんな悠長ゆうちょうなこと言ってられないんじゃないですか? それに、あまりにも状況が特殊すぎる」

 続いて榊原が声を上げた。

「確かに、そうかもしれませんね。こんな怪奇現象に巻き込まれ、冷静でいろというのは無理かもしれません。しかし、あえて言います。いま焦ったところでしょうがないのです。先程、飯島くんに謝った榊原先生の態度。そういうことが今は一番大切なのです」


 鏡谷は、四人の顔を順番に見つめた。


「いま弱気になってはいけませんよ。きっと、堀くんは時間稼ぎをしているはずです。我々があの大怪獣をただ倒したところでどうしようもないですし、倒すべきは怪物ではなく、あの暗黒の“アンドロメダ”です。あなた達の教え子が、その身を危険にさらして、あなた達の到着を待っています」

 いまがチャンスなのだ。

 “アンドロメダ”から四人が別れ、慎太の活躍でかなり力が弱っている。


 決別するならば、いまなのだ。


「なに、心配はなさらず。あなた達はこうやって別れることが出来た以上、答えには辿り着いているはずです。堀くんの巨人化は想定外ですが、そもそも、“アンドロメダ”を止めるのは、あなた達の心次第だというのが、わたしと堀くんの見解です。だからあなた達がその場に行くことが一番大事なことです」

 鏡谷が確認した因子所持者ファクターホルダーたちの表情は、多少戸惑ってはいるが、混乱はしていない。目に力も戻ってきている。


 四人とも、あと一歩踏み出すだけのところまで来ている。

 だから、彼らの背中を、優しく押してあげなければいけない。


「道すがら、もう一度、自分の思いを確かめてください。堀くんの言葉、『認める』ということを、そして、その次の自分の行動を。もう一度考えてみて下さい。」


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