第十一章 イッツ・カルキノスズ・タイム ①

「なにあれ! もう一人いたの!?」

 洸は反射的に疑問を口にした。


 しかし、あの“アンドロメダ”には顔がない。

 いままでの“アンドロメダ”は四人の因子所持者ファクターホルダーの顔を部分ごとに切り取って合成したかのような顔立ちだった。しかし、すでに四人は本体からは切り離されてしまっている。


「ちがう」

「あれは、俺たちの、黒い……気持ちだ」

「自分が自分を変えるしかないって思っても、どこか引きずってしまう……そんな」

「……うん」

 四人には、直感的に理解できたようだ。


「暗黒の“アンドロメダ”か」

 鏡谷が呟いた。

 それに反応したわけでは無いだろうが、“アンドロメダ”がその両手を空に向けて掲げた。


「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ―――」


 唸り声とともに、空に先程“アンドロメダ”から立ち昇った黒いオーラのようなものが、上空で渦を巻き始めた。


「何をするつもりだ!」

 久鎌井の問いにも、“アンドロメダ”は答えるそぶりはない。


 ただ、一心不乱に唸り声を上げ続けている。


 その渦の中心から、何かが現れ始めた。


 何かの口——


 魚のようにとがっていて、しかし鮫のように凶悪な牙が生えそろっていて、鯨のように大きい、大きく引き裂かれた口はわにのようでもあった。


「あんなものが落ちて来ただけで大変なことになる!」

 洸が、鏡谷の顔を見た。

「久鎌井くん、“メデューサの首”は?」

「石にしたとしても、それこそ落ちてくるのが止まるかは分かりません!」


「はははははははははは!」


 久鎌井たちが慌てた様子を見て、“アンドロメダ”が高らかに笑った。


「どうにもできないだろ。こいつから世界を救うにはあたしが生贄になるしかないんだ! さあ、あたしを食らえ!」


「落ちてくるだけでも大損害じゃあ待ってもいられないが……」

「鏡谷さん。いっそ、久鎌井さんが暗黒の“アンドロメダ”をあのデカいのに投げつけてみれば? 落ちる前に生贄に捧げちゃえば、消えるのかな?」

 洸が、彼なりに役に立とうと提案をひねり出した。

「いや、それは………」

 分からない。鏡谷がそう答えようとしたところを、慎太が遮った。


「それじゃ、意味が無いよ。あいつを、あいつの思い通りに生贄に捧げても、意味がない。下手したらこんなのを毎日繰り返すんじゃないかな?」


「でも、慎ちゃん、とりあえずどうにかしないと」

 洸が上空を指さした。

 頭部が全て現れ、頭部のわりに短い前腕まで現れた。


 慎太が、上空の大怪獣を指差し、事もなげに尋ねた。

「久鎌井さん、あいつを袋詰めにできませんか?」


「袋! “キビシスの袋”か! いけるか、久鎌井くん」

 慎太の提案は鏡谷を興奮させていた。

「いきなりですね。予習はしましたけど、まだ使ったこともない能力だし、あんなデカいのがどうにかできるかは分かりませんよ!」

「前回も、君は土壇場で“メデューサの首”を発動させている。それに熊手剣なんて能力の合成をやってのけた。可能性はあるとわたしは信じるよ」

「“キビシスの袋”はぶっつけ本番ですけど……」

最悪、あの巨体を“アイギスの盾”で受ける。それならば出来る自信が久鎌井にはあった。

「“ペルセウス”は、誰かを守りたい思いから生まれたアバターだ。こういった状況では無類むるいの強さを発揮するはずだ。任せたぞ、久鎌井くん!」

「はい!」


 駆け出した久鎌井は、暗黒の“アンドロメダ”の隣に立った。


「はっ! お前たちにはどうしようもないだろう。石化させてもどうにもならない呼び方をしたからな。ペルセウスなんぞに解決させてたまるか!」

「そういうところは、神話の内容をちゃんと引きずっているんだね。でも、“ペルセウス”をなめるな!」


 気合の掛け声とともに、久鎌井もまた両手を掲げた。

 そこに“アイギスの盾”が現れた。

 いままでなら左腕に出現していた“アイギスの盾”だが、いまはその両手で掲げられている。

「守ることなら、負けはしない!!」


 久鎌井の言葉に呼応するように、“アイギスの盾”が浮かび上がり、そして巨大化していった。

 上空からにじり出てくる大怪獣をせられるほどの大きさになると、そのまま渦の中心に押し返す勢いでぶつかっていった。


 キィン と、甲高かんだかい音がするが、衝撃はない。


 しかし、かといって、大怪獣を押し戻せたわけではなく、なおもじわじわと体を現しつつある。

「ははは、諦めろ!」

(まだまだ、ここからだ。ここからはイメージと、何より、強い『思い』だ……)

 久鎌井は、歯を食いしばった。

 ここで引くわけにはいかない。どんな攻撃もどんな現象も防ぎ、皆を守る。そう自らに言い聞かせる。

 そのために、自分の中にある力を、如何様いかようにも使って見せる。

 おあつらえ向きのアイテムが、神話のペルセウスには渡されているのだ。

「俺は、俺を信じる!!」


 大怪物の全身が見えた。

 短いが前腕よりは太い足と、太いしっぽが見えた。背中には魚のヒレのようなものもある。

 言葉で簡潔に表現すれば、魚とわにを合成して、無理矢理二足歩行にしたような怪物だ。


 ソレが、巨大化した“アイギスの盾”の上に着地した。

 次の瞬間、久鎌井が叫んだ。


「“キビシスの袋”よ!! あの大怪獣の身体全てを包み込め!!!」


 その言葉とともに、いままで“アイギスの盾”だったものが、突然柔らかくなり、怪獣を包み込むように裏返った。


「うおおおおおおおおおお!」


 裏返ったそれは、それはまさに袋。渦ごと包み込むほどの勢いで大きくなると、端がきゅっとすぼまり、まるでサンタクロースの袋のようになった。


「ばかな!!!」


 “アンドロメダ”は目の前の状況が信じられず、膝から崩れ落ちた。


「やった!」

 洸が右手を上げるとともに声を上げた。


「でも、ここからどうする? とりあえず封じることは出来た。けど、ここから動けそうにないぞ!」

 久鎌井の額からは汗がにじみ出ていた。


「ボクに、考えがあります」

 ずっと、真剣なまなざしで見つめていた慎太が、大きく頷き、横に立つ洸を見た。


「洸くん。君の能力を貸して欲しい」

「え? どういうこと」

「神話のアキレウスは、親友に自分の武具を渡している。だからきっとできる。君は、ボクにその力を分け与えることが出来るはずだ」

「そんなこと急に言われても」

「久鎌井さんがあそこまでやったんだ。ボクたちにだってできるさ」

 慎太に見つめられ、そう言われると、本当に出来る気がしてきた。


 しかし、洸には一抹いちまつの不安が過ぎった。

 神話では、アキレウスが武具を貸した友人は、死んでいる。

「頼む」

 慎太はそう言うと、洸の右手を取った。

「親友の頼みは、断れないな」


 何か特別なことをしたわけでは無かった。

 ただ、洸が慎太の提案を心の中で認めた時、自然と手から何かが伝わったことが分かった。

 慎太にも同じく、何かが伝わってきたことが分かった。


「ありがとう。じゃあ、みんなボクから離れて!」


「何をするつもりだ? 堀くん」


「昔よくテレビで見てたんです。特撮で、でっかい巨人が怪獣とプロレスみたいな戦いを繰り広げるやつ。あれですよ」


 大切なのはイメージ。

 慎太は心の中で、子供の頃に夢中で見たテレビのヒーローを思い浮かべた。

 銀色の身体に、青と赤のラインが入っている姿。

 空を飛び、強大なパワーを持った巨人。


「行くぞ」

 何となくノリではあったが、当時、良く真似をしたポーズをとった。そして叫ぶ。


「変身!!」


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