第十章 サクリファイス・フォー・フーム ③

 東尾高校の正門入ってすぐの広場。正面には校舎、右手には校庭が広がっていた。

 花壇を囲うコンクリートや樹木を囲う大きな石など、鏡谷、久鎌井、慎太の三人は、思い思いの場所に腰掛けて、校庭を眺めていた。

「お待たせ」

 正門から姿を現したのは……いや、姿を現してはいない。正門から二つの火の玉が交互に地面を滑るように三人に近寄って来た。

「洸ちゃん、どれくらいかかった?」

「本気で走ったから、10分かかったかな、どうかな? 車より速く走れるのは爽快そうかいだね」

「人にぶつからないようにね。シャレにならなさそうだから」

「大丈夫、途中から屋根の上を飛んできたから」

 そう言いながら洸は姿を現し、親指を立てたジェスチャーを見せた。


「もう飯島くんは自由自在だな」

 洸は昨夜同様、多少変装しているのだが、瞳は碧眼、髪は白に近い金髪のセミロング。ヴィジュアル系ロックバンドに居そうな風体ふうていだ。

 彼は変身・変装能力も使いこなしている。他人に姿を似せることも、目の色や髪形など体の一部だけ変えることも、変装の範疇はんちゅうであれば服や小物を作り出すことも、自由自在だった。


 彼が、ここまで力を使いこなせるようになったのは、一週間前に、鏡谷が洸に話をしてからだ。話を聞いているときの様子は素直に受け入れていたとは言い難い部分もあったが、間違いなく彼の心に伝えたいことが届いた実感はあった。


 自分の在り方を認めるというのは、かくも重要なのだと、鏡谷は思った。


 それは、慎太が四人の因子所持者ファクターホルダーたちに伝えたことでもある。

(それが、彼らの心にどれだけ響いているかだ)

 時に、大人の方が心のようかたくなで、子供の方が柔軟だ。だからこそ“アンドロメダ”のようも、同じことをしつこく繰り返していたのかもしれない。

「調子に乗らないようにね。ホント、車みたいに凶器にもなる力だから」

「お、久鎌井さん、先輩風せんぱいかぜってやつっすね?」

「洸ちゃん、失礼だよ」

「はははっ、そうかもね。君たちは俺にできた初めての後輩だからね」

 そんな三人の高校生のやり取りは、深夜三時の夜闇の中においても、鏡谷には眩しく感じられた。


「っ! 来た!」

 真っ先に反応したのは久鎌井であった。

 次いで二人も、同じ方向を見た。

 さらに遅れて鏡谷も彼らの視線を追って、校庭を見た。

 そこには、苦しそうにもだえる“アンドロメダ”がいた。


「あ、あたしは……くっ、うう」

 うめきながら、突然、つまずいたように、前方にバランスを崩した。

 そして、“アンドロメダ”の身体から、四つの身体が投げ出されるように現れた。


 二人の女性に二人の男性。

 それぞれがデザインの違う制服を着ていた。それらはどこかしらが“アンドロメダ”の服装と一致していた。

 そしてそれを着ている彼らもまた、どこかしらが“アンドロメダ”に似ている人物たち。


 因子所持者ファクターホルダーの四人だ。


 ただ、四人は見た目に若かった。制服を着ているところを見ると、高校時代の彼らだろう。

 それは、彼らが高校教員を目指すことを決めた頃の姿であった。


 教員免許は、別に教育学部でなくても取得できる。

 教員を目指していなくても、大学部で必要な科目の単位を取り、教育実習に行けば、手に入れることが出来る。

 しかし、彼らは皆、大学を選ぶときに、将来の職業として高校教員になることを決めていた。

 それぞれに教員なることを夢見たきっかけがあり、思い描く教員像があった。


 免許は、入り口でしかない。

 どのような教員になるかはその先だ。

 そして、時代が変わり、常識が変わる中で、思ったような教員になることが出来なかった。


 四人とも、それぞれに挫折していた。


 その心を、一人の少年に、真正面から叩かれてしまった。


 みじめさ、怒り、悲しみ、苦しみ、悔しさ、いきどおり、様々な感情が渦巻きながらも、ただ、いまの自分はダメだということは、確信してしまった。


 気が付けば、こうしてここに投げ出されてしまった。


「う、あ……」

 四人は周囲を見回し、徐々に状況を確認する。


 夜だ。

 学校だ。

 校庭だ。

 ああ、そうだ。自分は、薬を飲んで寝たんだ。


「あ、そこにいるのは、飯島か……?」

 そう呟いたのは、榊原と思われる男性だった。

「え、ばれた?」

 洸だと気づかれないようにするための変装なのに、意味をなさなかった。ぼーっとした状態だからこそ、細部ではなく、全体の雰囲気で特徴を捉えたのかもしれない。


「ああ、飯島………………………………………………………すまなかった」

 榊原は地面に手をついたまま、うなだれたまま、絞り出すように言った。


「え?」

「俺が……わる……いや、良くなかったとは思う」

 懺悔ざんげの言葉。

 陸上部顧問榊原から、飯島洸へ向けた言葉。

 素直にはまだ言えない。そんな態度ではあったが、自覚はあり、言わなければいけないと自分の心を説き伏せて、ようやく出た言葉だった。

 しかし、その思いは、他の三人も同様であった。それぞれが、誰かに、何かに、自分に向けた懺悔ざんげを抱えていた。


 そんな陸上部の顧問の姿を見ても、もちろん謝ってくれたこと自体は少し気分が良いところではあったが、洸自身は心が動かされることは無かった。もう気にしていなかったからだ。何故ならば、友人のおかげで、すでに解決済みの感情であったから。

「あ、そんな。まあ、別にいい――いい!?」

 いわゆる慰めに近い言葉を口にしたところで、言葉の最後が思わず上ずった。


 彼らの背後に起こっている現象を目にしたからだ。


 “アンドロメダ”がうつむきながらも仁王立ちしていた。

 その体からは黒いオーラのようなものが、湯気のごとく立ち上っている。

 そしてその黒いオーラは、ロープのように飛びて、四人と繋がっていた。


「良いわけないだろ。あたしは悪くない。あたしは頑張ったんだ。頑張ったんだから、あたしが生贄になるんだから、それでみんな救われろよ! 勝手に終わるな!! 勝手に解決するな!! あたしが解決するんだよ!!!! あたしが決めたとおりになれよ!!!!」


 “アンドロメダ”が叫んだ。


「四人とも! 立ち上がってこっちに来い」

 鏡谷が大声を出した。

 四人らも事態の急変を感じ、立ち上がって駆け出した。


 距離を取ると、四人と繋がっていたオーラは切れ、巻き取られるかのように“アンドロメダ”が吸収していった。


「他に! 選択肢なんて! ない!!」

 そう叫び、“アンドロメダ”が顔を上げた。

 そこには目も鼻も口もなく、黒く、暗黒の宇宙のようだった。


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