第十章 サクリファイス・フォー・フーム ②
洸は、ハンバーガーチェーン店でシェイクを飲んでいた。
(慎ちゃん、大丈夫だったかな?)
いま、学校の会議室では、鏡谷が
洸も参加したいとは言ったが、陸上部顧問である榊原の悩みの張本人なのでやめた方が良いと皆に止められたのだ。
かといって、榊原に面と向かって本心を言ってしまったため、部活動に顔を出しづらくなってしまった。
(オレも、いつまでも足踏みしていちゃいけないってことだよな)
すでに慎太には言われている。結局は自分次第なのだと。
(それにしても、慎ちゃんは進もうと思ったら一直線だもんな)
何か、“アンドロメダ”と“アンドロメダ”の
(一見大人しそうだけど、言いたいことがあったら言わないと気が済まない。それが慎ちゃんだもんな。もめてないといいけど)
きっと彼の言うことは正論だろうと、洸は思う。
しかし、人は正論であれば納得できるかというと、そうではない。
正論で納得できるような精神状態であれば、アバターなど生まれていないだろう。
だからこそ、洸は心配していた。慎太に比べれば頭の悪く、弁の立たない自分がその場にいても役に立たないのは分かっているが、ただ心配だから、傍で見ていたかった。
そんな洸の思いを知って知らずか、携帯端末に慎太からのメッセージが届いた。
「へ?」
いまから落ち合いたいというのだ。
「いいけど……」
いま、駅近くのハンバーガーチェーン店にいることをメッセージで伝えると、すぐに向かうと返答があった。
洸が慎太から届いたメッセージの通りに店の外で待っていると、しばらくして、慎太が姿を現した。
「ありがとう、洸ちゃん。で、人気のないところ行きたいから、あっちの
洸の姿を認めても自転車から降りることはなく、そう告げてそのまま行ってしまった。
「はいはい、待ってくれって」
洸は慌てて自転車にまたがると、慎太を追いかけた。
線路の
駅のすぐ近くでは人気もあるため、少し南に下った。
「で、どうしたのさ。話し合いはうまくいったの?」
「それが分かるのは今夜さ。だから、そのための準備がしたいんだ」
洸の心配を
「どういうこと?」
「今夜、ボクは生身で現地に向かいたいと思っている。それは、鏡谷さんも了承してくれた。だから夜中、家の近くに車で迎えに来てくれることになったんだ」
「でも、慎ちゃんはまだ同調状態になってないだろ? 生身のまま行っても仕方がないんじゃない?」
「ボクは先生たちに思ったことをぶつけたんだ。その責任のようなものさ。ちゃんと生身で向き合いたい」
そう語る慎太の目は、どこまでも真っすぐだった。
「……まあ、そういうのは慎ちゃんらしいけどさ。危ないじゃん?」
協力したいというのが洸の本音だが、安請け合いするのが友人というわけでもない。
「だから、同調状態になるための訓練を今からしたいんだ。どうしたらいいかな、洸ちゃん」
「え、いや、オレも急に出来るようになったからよく分かんないよ? てか慎ちゃんの場合、同調状態になると何が出来るんだ?」
「……なんだろう、カニ怪人になれるとか?」
「だったら夢遊状態でいいじゃない?」
「いや、ダメ。そうだ、洸ちゃんはやっぱり同調状態になると身体機能は上がるよね?」
「昨日、“アンドロメダ”のところまで走ってみた感じだと、足は相当早いよ? 車は余裕で追い抜ける。腕力、体力も間違いなく常人ではなくなっているよ。そうだ、慎ちゃんもアバターの時、頑強さは人並み外れてたじゃない?」
「よし、じゃあボクを殴って!」
「いやいや、もし同調できてなかったら大変なことになるでしょ」
「ダメか……」
「オレの場合、アンクレットは現れるから分かりやすいけどね」
そう言っている間に、洸の足首にはデフォルメした手形のアンクレットと、そこから沸き上がるエネルギーのようなものが見えた。
「ボクは……むむむ、むむむ、むん!」
気合を入れてみたものの、何の変化も起きない。
「何か変化があったとして、どこが変わるのか分かんないしね」
「いっそ甲羅でも背中に出てきたら分かりやすいのに」
二人とも分からないなりに、ああでもないこうでもないと試行錯誤していた。
そのうちに日が暮れかかる。秋に差し掛かり、日が短くなってきた。
「もう、今日はこれで終わりにしようよ」
「でも……」
「オレもさ、生身で行くからさ。何かあったら助けるよ」
「……そうだね。無敵のアキレウスがいるなら安心だ」
「オレより、久鎌井さんの方が無敵だと思うけどね」
「まあ、確かに」
「“パンドラ”の二人がいるんだから、大丈夫だよ」
「そうだね。ボクの提案を、鏡谷さんも認めてくれたんだもんね。深夜一時半くらいにボクの家の近くに来てくれるらしいから、ボクは部屋の窓から抜け出す予定だよ」
「じゃあ、オレは走っていくよ」
「マジで?」
「マジで。昨日の走ってみた感じ、かなり気持ちがいいんだよね。はははっ、なんだかワクワクしてきたな」
「そうだね。鏡谷さんたちも、今日で終わらせるつもりでいるから、気合入れていこう」
慎太が右手を掲げた。
「おう、分かった」
それに、洸がハイタッチで答えた。
昔、ドッジボールをやっていた時は、洸が敵チームの選手を当てると、こうしてハイタッチをしていた。ふと、その時の熱くなった感覚が、洸の胸に沸き上がった。
「オレが、何とかする」
「うん、頼りにしているよ」
二人は自転車にまたがり、家路についた。
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