第九章 エブリワンズ・サファリング ③

 鏡谷たちは、学校の正門で待ち構えていた。

 久鎌井、慎太、洸の三人は、いつものように車内ではなく、外で待っていた。車の中にいるのは鏡谷だけだ。“アンドロメダ”の気配を察知さっちし次第、久鎌井は慎太を抱えて飛び、洸は“アキレウス”の力を発揮し走る予定だ。

 今回は出来るだけ早く駆け付ける必要があるため、この布陣ふじんになっている。

 鏡谷は最悪間に合わなくても良いと思っている。そのため打ち合わせも十分に済ませてある。


 前日、久鎌井は学校付近で張り込むことで素早く発見し、駆け付けることが出来た。

 “アンドロメダ”の所持者たちが学校の関係者であり、その四人の共通点が学校である以上、学校の周辺で出現しやすいのは間違いないのだろう。


「「出た!」」

 洸と慎太の二人が声を上げた。

「慎ちゃんも分かったの!?」

「あ、うん。何かいま、分かった」

「いまはとにかく急ぐよ」

 そう言って久鎌井は慎太を抱えると、飛び出した

 それを追って、洸も走り出した。

 鏡谷もすぐに車を発進させるものの、彼らの姿はあっという間に彼女の視界から消えていった。


 久鎌井と洸はほぼ同時に現場に到着した。地面に下ろされた慎太は、少し気持ち悪そうにしていた。

 “アンドロメダ”はいつも通りに住宅街を駆け回り、「みんな逃げてー」と声を掛けていた。

「よし、間に合ったね。これで手筈通りに始められそうだね」

 三人は注意深く“アンドロメダ”の様子をうかがっていた。

 そして、アンドロメダがひとしきり声を掛け終わったところで、久鎌井は洸に声を掛けた。

「じゃあ、さっそく始めよう」

「頑張って」

 二人の声掛けに洸がうなずいて、その場から駆け出して行った。


「何が危険なんですか!? 大丈夫ですか!?」

 慌てた様子で、洸が“アンドロメダ”の前に躍り出た。

 洸は念のため変装していた。長髪にして一つ縛りにしており、眼鏡をかけている。小道具もすべて“アキレウス”の変身・変装能力で出現させている。

 久鎌井と慎太は物陰ものかげに隠れて様子を見ていた。

「あ、うん、大丈夫だよ。あたしがいれば大丈夫」

「何があるんですか?」

「うん、でも大丈夫。あたしがいれば大丈夫だから。あなたたちは、あっちに逃げてて」

「だから、何があるんですか?」

「大丈夫。あたしがいれば大丈夫だから」

 洸の再三の言葉にも、“アンドロメダ”は同じような言葉を繰り返すだけだった。


(こいつは……)

 まともに話が出来るとは思えない。久鎌井はそう判断した。いくつかの想定は鏡谷から聞かされている。そうなれば次の行動だ。

「頼むよ、慎太くん」

「は、はい!」

 慎太は、小さな声で気合を入れて、“アンドロメダ”の前に飛び出した。

 姿は、アバターのカニ怪人だ。

「ば、ばけもだ!」

 洸は慎太の姿を指さし、大げさな反応を見せた。


 しかし、“アンドロメダ”は違った。


「あなたも、早く逃げて、もうすぐ化け物がくるわ。あっちに逃げて、ここにあたしがいれば大丈夫だから」

「あ、は、はい」

 慎太は、相手の予想外の反応に、ただただうなずいてしまった。

 化け物として現れたつもりであったが、化け物としてあつかわれなかった。

 慎太はと洸は連れ立って、“アンドロメダ”の後方を歩いていた。二人とも、どうしたものかと挙動不審になっている。

 しかし、“アンドロメダ”は彼らの様子を気にしてはいない

(これは、予想外だけど予想内だ)

 カニ怪人を一般人扱いするとは思わなかったが、それでも自身の呼び出す泥半魚人と同じあつかいをしない可能性は高いと踏んでいた。

(こちらのシナリオにはさして変更はない。じゃあ、行くぞ!)

 自信の心の中で気合を入れると、久鎌井は空高く跳び上がり、“アンドロメダ”の前に着地した。


「もうすぐ化け物がやってくる。ほら、ほ――あ? お前は!」

 その姿をみて、“アンドロメダ”の口調が先程とは明らかに変わった。

「やあ、また会ったね。大丈夫、ここは俺がいるから、君も逃げるんだ」

 久鎌井は、余裕ぶった様子で、“アンドロメダ”に声を掛けた。

 それに腹を立てたのか、“アンドロメダ”は大きな声を出した。

「お前は消えろ! 必要ない!! あたしがいればいいんだ! 邪魔をするな!!!」


 丁度久鎌井が“アンドロメダ”に声を掛けているところで、鏡谷が到着した。

 そして、絶叫する“アンドロメダ”を見た。

(お、いい反応じゃないか)

 進行状況を十分には理解できなかったが、久鎌井の姿を見た時の相手の反応としては良かった。

 鏡谷は物陰に隠れたまま、思わずニヤリとしてしまった。

 相手の思うようにさせないというのは、何とも気持ちがいい。

(性格悪いことを考えている場合ではないな)

 相手が今まで繰り返していた行動をしなくなったため、この後の展開が読めなくなったが、その方が解決の糸口が見つかる可能性があると、鏡谷は踏んでいた。

(それに、“ペルセウス”なら何があっても大丈夫だな。久鎌井くん!)

 その思いが届いたのか、ただ鏡谷の到着に気が付いただけなのかは分からなかったが、久鎌井が一瞬だけ鏡谷の方を向き、小さくうなずいた。


 久鎌井がおもむろに両手を広げた。すると、左腕には白い円形の盾が現れ、そして右腕の篭手こては黒い鉤爪かぎづめへと変貌へんぼうげた。


「かっ、かっけーーー!!」

「う、うん、そうだね」

 興奮する洸。慎太も、子供の頃よく見た特撮ものの主人公を思い出し、胸躍むねおどるのを感じずにはいられなかった。

「お前は、邪魔なんだ!」

 “アンドロメダ”の声に呼応するように、久鎌井の背後に三体の泥半魚人が現れた。身長は二メートルを優に超えている。

 しかし、久鎌井が軽く右手を払っただけで、それらは切り裂かれ、影のように消えていった。

「熊手剣にする必要もない。こいつらは迷いなく切り捨てられる」

「おまえーーーー!」

 再び、彼女の声に合わせ、泥半魚人が現れた。身長はさらに大きく、今度は横も太く、相撲取りのような体型になっている。

「これくらいも何ともないさ」

 同じように、久鎌井に切り裂かれ、消えていく。

「うわーーーーー!!」

 彼女が叫び、泥半魚人が現れ、切り裂かれては消えていく。

 もはや、泥半魚人たちは“アンドロメダ”を狙ってはいない。最初から久鎌井を狙っている。


(自作自演だということははっきりした。きっと、“アンドロメダ”の行為は、自分の心をなぐさめるだけのものに過ぎないのだろう)


 鏡谷がその様子を見て分析をする。

そうだとするならば、やはり久鎌井の言っていた、エスカレートが問題だ。いまの目の前の事態を見ても、放置しておいていいものではない。

(いままでと同じ行動で満足できなくなり、周囲を巻き込むような事態になる前に終わらせなければならない)


「もう、諦めるんだ、“アンドロメダ”」

 泥半魚人たちが現れなくなったところで、鏡谷も姿を現し、声を掛けた。

 その言葉に、“アンドロメダ”は鋭いながら、泣きはらした後のような目で、鏡谷を睨みつけた。

「あたしは頑張っているのに、頑張っているのに、なんで、なんでなんでなんでなんで」

 恨み節を繰り返しながら、突然に少女の姿が消えた。


「アバターの限界だったかな? これからどうします?」

 “アイギスの盾”も“ハルペー”も消した久鎌井が、鏡谷に尋ねる。

「そうだな。明日は所持者たちを一同に集めよう。今日の出来事を、少しでも夢として覚えているか確認したいし、あの“アンドロメダ”の様子だと、アバターの間に声を掛けても仕方がなさそうだ」


「あの……」

 慎太が、おずおずと手を上げた。

「ボクもそこに同席したいんですけど」

「ほう、どうして?」

「……先生たちに言いたいことがあります」

「そうか」

 鏡谷は、慎太の目を見返した。


 そこには、強い思いが感じられた。


「わかった。だが、この事態を収拾しゅうしゅうさせるための話し合いの場だ。君が一体何を話すつもりなのか、確認はしたい。明日は学校を休んで、打ち合わせをさせてもらおうと思うが、いいか?」

「はい。ボクとしても有難いです。この“アンドロメダ”の存在について、見解の共有を、鏡谷さんとしたいです。いつものカラオケで良かったですか?」

「いや、たまには喫茶店にしようじゃないか。わたしと慎太くんの二人で、打ち合わせをしよう」


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