第九章 エブリワンズ・サファリング ②
鏡谷の携帯端末にメッセージを送ったのは、生徒からイケメンと評されている男性教員である小島と、二年目の女性教員である中川であった。“アンドロメダ”の顔を見て、口元の唇の薄い感じは小島、比較的丸顔である輪郭は中川に似ていると言われていた。
二人にもカラオケ店に来てもらうように依頼をした。まずは小島を読んで話を聞き、それが終わってから中川を呼び、話を聞いた。
そして深夜。
いつもの張り込みの前、車内での作戦会議にて、鏡谷は残りの二人に聞いた内容を伝えていた。
「小島教員は、女子生徒とのことで悩んでいるようだな」
「えー! 誰? 誰?」
思いがけない内容に、洸が興奮して尋ねた。
「いや、それは守秘義務があるからな」
「えーー!!」
「あ、それ、ボク、現場を見たことあります」
「なにーー!! 誰? 誰?」
「いや、それは守秘義務が――」
「慎太に守秘義務はないやん!」
「まあ、人としての守秘努力義務が」
「お、おう。それ言われたら、オレにも聞かない努力義務があるか」
「そうだな。努力してくれたまえ。それにしても堀くんは少しは知っているのかな?」
「いえ、細かい事情は知りません。たまたま二人が密会しているところに遭遇しただけです。相思相愛なのか、一方的なのか、どっちから誘っていたのかも
慎太が言っているのは体育館裏での出来事である。慎太としては現実にどちらでも構わないため気にしていなかったが、「違うんだ!」と叫んだ小島の言葉は真実であったということか。
「ああ、小島教員としては、興味ないらしい。普通に教員として接しているだけで生徒側から言い寄られることを過去にも何度か経験していて、そのたびに面倒な思いをしているようだ」
二人の話を聞きながら、慎太の横で、洸が
「大丈夫?」
「久鎌井さん。オレだけですか? こんなに
「えっと、俺は別に……」
「そうですよね。久鎌井さんは可愛い彼女が二人もいるんですもんね。くそぅ」
最後の声はあまりに悲痛で、絞り出すような声であった。
「君も、芯のある女性が好きだとか言っていたじゃないか?」
「それとこれとは話は別です! オレはシチュエーションの話をしてるんです!」
「あ、ああ、そう」
久鎌井は、洸の剣幕にたじろいでいた。
「彼は放っておいて、もう一人は、中川という二年目の教員だ。彼女の悩みは社会人二年目にはありがちだろう。教員に憧れてなったものの、思ったようにうまくいかないというのだ。これもありがちな話ではあるが、もともと彼女は話下手で、人見知りなため、教員を目指すといったときには周りに反対されたらしい。一言で言ってしまえば、向いていないということなんだろうが、周囲の反対を押し切って教員になったため、メンタルは袋小路のようだ」
鏡谷は缶コーヒーを一口含んだ。助手席の久鎌井はエナジードリンクを飲んでいる。
二人は生身だから特に今日は朝から起きていて眠いのだろう。
洸と慎太の体は眠っており、いまは精神だけの状態だから、それほど疲労の蓄積はしていなかった。相変わらず洸は普段の自分の姿に変身しており、慎太はカニ怪人のままである
慎太は自分も人間姿でここに居たいと思うものの、同調状態にまで達していなければ特別な能力もない彼には
缶コーヒーをホルダーにおいて、鏡谷は話を続けた。
「ただ、先の二人とは違い、この二人は夢に関して若干覚えているらしい。それでわたしのところに連絡が来たのだ。小島教員に関しては一昨日の火曜日に夢を見ている。我々が初めて“アンドロメダ”を見つけた日だ。だが、ぼやっとした景色の中で、住宅街を、何か不満を抱きながら走っているように感じたらしい。そして、泥人形のような何かに切り裂かれたのだが、恐怖はなく、何か解放されたような心地よさがあったらしい」
「ずいぶんと漠然としているんですね。ボクの時は、現実味が強くて、あまりにおかしな状況だから夢に違いないと思い込んでいただけで、現実だと分かってからの方が違和感がないくらいなのに」
「ああ、一般的に所持者の夢遊状態はそんなものだと聞いている。な、久鎌井くん?」
「そうですね。俺も慎太くんの感覚はよく分かります。高揚感と満足感で、夢かどうかなんてどうでも良くなっていましたけど、現実だと知ったところで違和感よりも納得感がありました」
「だが、複数の人間が関わって発生したアバターは性質が異なる。むしろ切り離されてしまっているような状態だ。彼らが睡眠状態にならなければ出現しないのは確かだが、普通の夢と同じ程度にしか覚えていないことが多いし、また彼らの意思でそのアバターを動かすことも難しいことが多い。発生したアバターが独自の法則に従って動き、その体験を所持者たちはアバターの視界をモニター越しに見ているような状態だ。個人差はあれど、そういった繋がりを持っている。中川教員に関しては昨日、久鎌井の姿を夢で見て、何か憎らしく感じたようだ」
「そうだ。俺も昨日のことを皆に報告しないといけない」
久鎌井が助手席から後部座席の二人に振り返った。
「昨日、俺が見張っていると、“アンドロメダ”は、『もっと被害が大きくなればいいんだ!』 とか言い出して、一昨日の二倍以上はある泥半魚人を呼び出したんだ。俺は思わず飛び出してその泥半魚人を切り捨てました」
「それで“アンドロメダ”は君の姿を見ており、憎らしく感じ、それを中川教員も感じたということか。しかし、この件で重要なのは、“アンドロメダ”の行動の変化だな。エスカレートしてきていると思うと、あまり
「説得ですか?」
慎太が疑問を口にする。
「ああ、アバターの事件を解決する方法の基本は、君たちのように話をして、理解し、力をコントロールできるようになってもらうことだ。
ただ、夢遊状態であっても、悪意を持って罪を重ねていて、話し合いの余地のないような相手であったり、あるいは同化状態で暴走していれば、それは力を持って成敗するしかない。君たちはまだ体験がなかったかな? アバターを傷つけられると、君たちの生身にもダメージがフィードバックされる」
「そうなんですか!?」
二人が驚いた反応を見せる。
慎太も洸も、アバターの状態で怪我をするような事態にはなっていない。
「でも、ボク、前に飛び蹴りを食らったけど……」
「生身の人間の飛び蹴りくらいであれば、アバターの備える頑強さの方が勝るさ。アバターによる攻撃。交通事故や、あるいは銃火器による衝撃でもなければ傷つかないことが多い。特性として人間でも握りつぶせるほど弱いアバターもいるがな」
「じゃあ、アバターが消滅するほどのダメージを与えれば……」
「そうだな。最悪、相手は死ぬ。だから君たちも危険を感じたら、アバターを消して肉体に精神を戻しなさい。そうすれば死ぬことはない。だから、逆に言うと、夢遊状態であれば、どれだけ致命的でも死に至る前に精神を戻されてしまえば、相手を殺すことは出来ない。相当な肉体的なダメージと精神的な疲労は蓄積して、しばらく寝たきりになるかもしれないがな。それに、精神の消耗によってしばらくアバターが
まあ、そんなことはしたくないし、久鎌井にもさせたくはないな。だからこそ、こうして接触し、話をし、説得をするというのが第一選択なわけだ」
「でも、今回は複数の所持者によって
慎太は疑問を投げかけた。
「そうだな。一緒と言えば一緒。違うと言えば違う。久鎌井くんは分かるか?」
「えっと、確か過去にもそう言ったケースはあって、ある程度情報もまとめられていました。
複数人が所持者として関係している場合、一人一人の所持者との精神の同調が少ないため、それぞれの所持者に対するダメージのフィードバックは少ない。だからアバターを消滅させたとしても、所持者の命が奪われることはない。何かしらのダメージが残ったとしても。
だけど、一度消滅させたとしても、ある程度時間が経過することで再び出現することもある。何度か消滅させている内に、完全に消滅する可能性もある。そのため、力に物を言わせて倒すことも可能ではある。
説得に関しては、できる可能性はあるが、アバターとのつながりも少なく、また本人たちの自覚も少ないため、話したところでうまく行かないこともある。ただ、今回のように何かしらの不満やストレス、願望が元だとするならば、それを叶えてあげることで変化が出てくる可能性もある」
「それは無理でしょう」
久鎌井の説明に被せるように、慎太は
「……それは何故だい?」
相手の言葉を遮るような言い方だった。鏡谷は気になって聞き返した。
「例えば洸くんに部活動に本気で取り組んでもらうというのは、本人が嫌がっているんだから無理でしょう。あるいは高橋くんにもう一度東尾高校に通ってもらう。それは家庭というか、親の介入もあるだろうから、簡単には出来ないでしょう」
「事情を話して協力を得てもらうのは?」
「そんなのは、できても一時的でしょう。それに誰かさんの機嫌を
慎太は、堂々した様子で、正論を言い切っていた。
思わず、三人の視線が慎太に集まる。
「……ま、そうだな。では、打開策を検討するために、やはり相手の話を聞かなればならないな」
「でも、四人の先生の話は聞きましたよ?」
鏡谷の言葉に、久鎌井が首を傾げる。
「まだ、話を聞いていない存在がいるさ」
誰だ? と、洸と慎太が顔を見合わせた。
三人の反応に、何処か満足げに鏡谷が続ける。
「“アンドロメダ”本人さ。四人の思いを核にして、他の多くの人の思いも巻き込んで、分離した状態で形成されている人格だ。どれだけまともに話せるかは分からないが、やはり人型であることには、意味があるはずだ、だから、今日は話をしてみようじゃないか」
「話しかけると言っても、世間話が出来るとは思えないですよ?」
「まあ、そうだな」
久鎌井の意見に、鏡谷も同意を見せた。
しかし、次の瞬間、彼女は涼しげな眼で、にやりと笑った。
「だから、一芝居うってみないか?」
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