第九章 エブリワンズ・サファリング ①
東尾高校の教員の一人である小島は、朝から携帯端末の画面を見てうんざりした。
メッセージアプリの通知が何件も溜まっている。
相手は、自分に好意を寄せている一人の女子生徒である。
先日、小島はその女子生徒との
実は二人は秘密裏に付き合って――はいない。
学校でも噂になるほどのイケメン教員である小島が、一方的に好意を寄せられているだけだ。
相手の女子生徒は、高校生にしては大人びており、スタイルも良い。周囲の男女から見た目に関しての評価は高く、本人もそれを自覚していた。
そんな少女が自分に好意を向けている。普通であれば嬉しい状況かもしれない。
しかし、小島からすれば
彼は教員として働き始めてから数年、こういったことを何度も経験していた。
毎年、誰かしら生徒に言い寄られる。
彼自身、どんなことがあっても女子高校生にそういった興味を持つようなことはなく、また彼女らは彼女らで、手近な大人の顔良さ目の男性を誘惑して、その状況に酔っているのは明白であった。
(自分は教員として生徒と向き合いたいだけなのに)
相手は、違うものを求めている。
あるいは本気の愛情を求めているのであれば、真剣に考える必要があるかもしれないが、自分のステータスとなるブランド品を欲しがる感覚か、あるいはただ危険な火遊びを楽しんでいるようにしか思えなかった。
はっきりと断れたら楽だが、彼女らを傷つけるのもリスクだ。あることないこと言われた面倒なことになりかねない。
小島が誰かと結婚してしまえば、そのような対象から外れることが出来るかもしれないが、仕事の忙しさと、彼自身の
(憂鬱過ぎる)
しかも、今回の生徒はやたら積極的だ。少年漫画であれば読者が喜ぶようなあれやこれやの誘惑ばかりだが、小島は嬉しくもなんともなかった。ただ、相手を傷つけてもいけないと困っていると、それをドギマギして可愛いと相手は捉えてしまう。
相手は状況に酔っているだけだから、こちらの本心などは見えていない。
同僚には言いにくかっため友人に相談したことがあったが、「
そんな厄介事を呼び込む自分の外見を恨んだこともあった。
多くの人からは羨ましいと思われる状況であっても、小島としては――
(仕事、行きたくないな……)
そう思ってしまうほどに深刻であった。
— * — * — * —
木曜日は、都合良く職員会議の日だった。
大半の教員がそこに集まる。学校側との協議の結果、そこで話をする時間をもうけてくれることとなった。
鏡谷は、始業前に学校を訪れ、校長と教頭に
“パンドラ”と警察は協力関係にある、
警察としては、人騒がせなものの手に負えない事件を任せているだけで解決してくれるのだから、些細なことなど気にせずに喜んで力を貸している。ただ、組織の詳細まで把握しているのは警察庁の幹部レベルのみであり、署長はトップダウンで指示に従うように命令を受けているだけだ。そういった意味では、署長も校長や教頭と同じ気持ちかもしれない。しかし、いまはそれらしい表情をして“パンドラ”の人間の言葉に信憑性を持たせるのが仕事である。
反対に、アバター関連の事件以外に“パンドラ”が首を突っ込むこともなければ、警察側もそれを望むことは基本的にない。
警察には警察としての自負と
アバターの力も超常的なものであるため、たとえ正義のためだとしても、乱用してしまえば社会の調和が崩れてしまうからだ。
ただ、一度だけ久鎌井が銀行強盗の逮捕に、結果的に協力してしまったことがあった。しかし、それも要請があってとかではなく、たまたま久鎌井が通りがかっただけのこと。それは偶然の産物として許された。
組織には、かつては、アバターの力が軍事利用されたとの文献があるが、その時はアバターの力が失われたとのことだ。
アバターは多種多様な思いがあってこそ生まれるものであり、戦時下はそのような色とりどりの思いは生まれない。皆、必死に生き残りたい思いが強すぎるだからだ。
「では、職員会議の時にまた来ます」
鏡谷と警察署長がソファーから立ち上がると、その部屋を後にした。
校長と教頭は顔を見合わせた。一笑に付すことができないと分かっていても、あまりにも常識と理解の
— * — * — * —
放課後、生徒たちが下校、あるいは部活動を行っている時間帯に、職員会議は行われた。その場には警察署長の姿はなく、その代わりに久鎌井が鏡谷の隣にいた。
そこで、鏡谷の口から教員たちに伝えられたことは二つ。
一つは、最近噂になっている怪奇現象を調べていること。『恋人のドッペルゲンガー』や『思い人の幻影』を調査し、現在はまだそれほど騒動になってはいないが、夜中に住宅街で叫んで回っている少女について調べていることを伝えた。
二つ目に、最近変な夢を見たという人がいたら、話を聞きたいということを伝えた。特に夜中住宅街を歩いているとか、泥人形のような、半魚人のような何かに襲われたとか、自分が少女になっているような夢を見たとしたら、教えて欲しいと。それが夜中に住宅街を叫んで回っている少女と関係がある可能性がことも隠さず伝えた。
ただ、ここでは手を上げにくいだろうと、鏡谷の連絡先が書かれている用紙を配った。
もちろん、アバターのことも、神秘隠匿組織“パンドラ”についても、校長らにした以上の説明はしていない。教員たちは、警察の一部組織が、怪奇現象の実態調査をしていると理解していた。
また、全体に話をした後、個別に慎太の担任である木下と陸上部顧問である榊原には、聞き取り調査をしたいと声を掛けた。
慎太と洸が話していた内容の裏付けを取るためである。
人目を気にせずに話を聞くには個室が良いだろうと、慎太や洸と話すときにも使っているいつものカラオケ店に、四人で移動した。
本人たちからしたら、自分たちだけ特別に呼ばれる理由がわからず、
話自体は一人ずつ聞いた。
まずは木下から話を聞き、その間榊原には部屋の外で待ってもらっていた。
聞いた内容は、彼らの言う通りであった。
木下は、最近来なくなった高橋という生徒の話を聞こうとするものの、親すら関わらないでくれといった態度で、取りつく島がなく、どうしようもないままに転校するという結末になり、自分の無力さと、自分のなりたかった教師像と現実との差に苦しんでいた。自分が話をして、高橋という生徒を更生させてあげたかった。ドラマの影響ではあるが、木下はそんな教師と生徒の関係に憧れて教師となり、努力もしているはずなのに、ままならない。それも、何度か似たような経験をしているということだ。
榊原は、熱心に陸上部で指導をしているが、有力選手である洸が真剣に取り組まず、悩んでいるのだ。そして最近何度か休んでいたため問い詰めると、部活をやる気がないという本心を聞かされてしまった。榊原自身が学生の時にはいい結果が出せなかったが、教員となれば生徒たちに良い結果を残し、華やかな表彰台を多くの生徒に経験させてあげたいと、休日も惜しんで頑張っていた。しかし、自分の思いが届かない。ましてや自分の学生時代と比べても明らかに才能があるのに、それを
(まあ、どちらもありがちと言えばありがちだな)
そんな思いだからこそ、複数の所持者候補が集まることで、一人の所持者を定めず、それらの思いが集まって形になってしまったのが、今回のアバターであろうと、鏡谷は推測している。
ただ、彼らは夢は見ていないという。
一人の所持者から生まれているアバターとは違い。彼らの精神とアバターの核となる『思い』は、強く結びついてはない。“アンドロメダ”と完全に同調しているわけでない。まさに本当の夢と同じように“アンドロメダ”の体験をぼーっと見ているか、見ていたとしても起きた瞬間に忘れているかだ。夢を見ていないという証言は、彼らが無関係であることの証明にはならない。
そして、顔を見る限り、“アンドロメダ”の顔は確かに、目は木下に、鼻は榊原に似ていた。
(もう二人か、三人くらいはいそうだが……)
鏡谷の推測は正しかった。
二人の話を聞き終えたころ、携帯端末を確認すると、ショートメールが二件届いていた。差出人は、昨日の話し合いで“アンドロメダ”の顔に一部が似ていると名前が上がっていた教員であった。
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