第八章 アンドロメダ ③

 慎太が約束のカラオケボックスに到着したときには、もう全員がそろっていた。

 洸にいたっては、慎太が来るまでの時間潰つぶしにと、歌を歌っていた。


「だって、鏡谷さんも久鎌井さんも歌わないんだもんさ。オレが歌うしかないっしょ?」

「いや、まず第一選択で歌わずに待つっていう選択肢があるでしょ」

 慎太がすかさず突っ込みを入れた。

「その選択肢はオレにはない! はい、慎ちゃんも入れて」

 洸が選曲のための機材とマイクを慎太に渡した。

「はい、じゃあ報告会ということでよいですか?」

 慎太はマイクを通してその一言だけ言うと、マイクを置いた。

「そうだな」

「ちぇー」

 鏡谷がさっさと机の上を整理すると、洸は残念そうにしながらもそれに従った。

「まあまあ、彼のおかげで俺たちも暇しなくて済んだし、俺も鏡谷さんも、世間の流行にはうといからさ、楽しませてもらったよ。ねっ、鏡谷さん」

「ああ。楽しませてもらった」

「そうは見えないっすよ~」

 鏡谷は、洸が歌っている間も表情を変えずに聞いていた。久鎌井は仕方なく手拍子てびょうしをしているようだった。

「俺もあんまりカラオケなんて慣れていないからさ」

「わたしに一般的なカラオケでの盛り上げを期待してもらったら困るよ。さ、話を始めるよ」

 こうして、ようやく報告会が始まった。


 “アンドロメダ”と同じ見た目、あるいは似ている生徒はいなかった。

 それが二人からの報告であった。

「そうか。その可能性ももちろん考えていたが、何かヒントでも見つかればなと思ったんだがな」

 鏡谷は、何とはなしに机の上に置いておいた携帯端末を操作して、表示されていた“アンドロメダ”の写真を拡大した。

「ん?」

 何か気になったことがあったのか、慎太がそれを手に取り、画像の拡大縮小を繰り返していた。

「……先生に似ているかも」

「ん? 誰だって?」

 鏡谷が慎太から携帯端末を受け取ると、それをみんなが覗き込んだ。

「目元が、ボクの担任の木下先生に似ているかもしれません」

「えー、そう言われればそうかも……ん? ちょっと待って」

 続いて洸が端末をさらに覗き込んだ。鏡谷が少し邪魔そうに顔を避けた。

「鼻が、顧問の榊原先生っぽいな。ちょっとわしっ鼻なんだよね」

「ほほう、なるほどな。そういう可能性はあるな」

 鏡谷は手を広げ、三人を下げさせると、もう一度机の上に置いた。


「特定な所持者が存在せず、複数人がそのアバターの顕現に関わっているという特殊なケースもある。そういったアバターは、所持者が一人である一般的なアバターと質的な差もある。いまの“アンドロメダ”にはいまいち筋の通らない行動も見られることから考えても、その可能性は高いと考えられる。そうなると、二人だけではない可能性の方が高い。他に似ている教員はいるか?」


 慎太と洸はうなずくと、それぞれの携帯端末を取り出し、じっくりと写真を取り出した。

「これ……輪郭の感じが…」

「いや、眉毛が……」

「全体的な雰囲気は……」

 二人は誰それと名前を上げていくが、話し合って最終的に、木下と榊原に加え二人の教員の名前を上げた。


「ところで、その教員たちは、何かに悩んでいたりするか?」

「「あー」」

 慎太と洸の声が重なった。ともに思い当たることがあるのだ。

「木下先生は、生徒のことで悩んでますよ。今日、ボクが遅れたのは先生の話を聞いていたからなんですよ」

「ほう」

「榊原先生は、まあ、オレのことで悩んでいるみたいっすね。今日、部活休むって伝えたら、かなり強めに止められたんで、オレもつい、ぶっちゃけちゃって」

「二人とも、もう少し詳細に教えてくれるかい?」

 慎太は担任の木下と話した内容を、洸は顧問の榊原との一悶着ひともんちゃくを鏡谷に伝えた。


「ふむふむ、二人は“アンドロメダ”に適していると言えるな」

「どういうことですか」

 慎太が尋ねた。

「希望が叶えられていないと言うことだ。彼らには望みがあり、それに対する努力をしている。しかし、その望みが叶えられていない」

「アンドロメダは確かに生贄に捧げられそうになったけれど、助けられている。それが、希望が叶えられなかった状況だとすると、アンドロメダは生贄にされることが希望だった、ということになりませんか?」

 久鎌井が、鏡谷の発言に疑問を投げかけた。


 それに対して、鏡谷がニヤリと笑った。


「確かにな。まあ、アキレウスの時にも言ったが、神話上の存在、物語の登場人物の気持ちなど確かめようもないことではある。だが、アンドロメダが覚悟を決めて、自分が生贄になることで皆を救うという強い決意で生贄になっていたとしたら、彼女は希望を叶えることが出来なかったことになる。自分が犠牲になることで皆が救われるはずだった。自分は悲劇のヒロインではあるが、同時にみんなを救うヒーローになるはずだったのに、そこを――」

 鏡谷が久鎌井を指さした。

手柄てがらをペルセウスにかっさらわれたのだ」

「だから、俺はペルセウス本人じゃないですって」

「とにかく、この仮定で話を進めよう。そうしなければ先には進めない。なあに、間違えていたらまた考え直せばよいさ。となると、次に打つべき手は、教員たちに働きかけるしかないな。明日の朝、わたしから校長に掛け合う。今日の内に組織の上にも報告して、スムーズな協力を得られるように手を回してもらわなければな。何にしろ、今夜の“アンドロメダ”の見張りは久鎌井くんだけにお願いするよ。わたしは明日早くから行動するから早く寝させてもらうよ。堀くんと飯島くんも今日はゆっくり休みなさい」

 話は決まったと、鏡谷はすっきりとした表情見せて立ち上がった。


 その服の袖を、洸が捕まえた。

「だったら少し遊んでいきましょうよ」

 彼は、反対の手でマイクを持っていた。



 — * — * — * —



 その夜。久鎌井は鏡谷の言う通り、見張りだけに徹する予定だった。

 学校周辺で待機していたが、気配の感じられる範囲内で“アンドロメダ”が現れ、久鎌井の能力であれば難なく駆け付けることが出来た。

 そして、姿を消した上で見張っていたのだが、いつも通りに叫んだあと、“アンドロメダ”が不穏なことを言い出したのだ。

「何でみんな出てこないんだろ? そっか、化け物にもっと暴れてもらわないといけないか! そうしないとあたしのありがたみが分かんないよね!」

 少女の姿をしたソレは、いいことを思いついた。と言わんばかりに手を叩いた。


「そーれ!」

 ずいぶんと軽いノリで掛け声をかけると、にゅるっと地面から生えるように泥半魚人が現れた。ただ、そのサイズは二倍以上あった。

「待てって!」

 思わず飛び出した久鎌井は、そのまま“ハルペー”で泥半魚人を切り裂いた。

「てか、自作自演かよ!」

「何よアンタ!」

「いや、あんたこそ何がしたいんだ!?」

 飛び出てしまった以上、いまさら隠れても仕方がない。久鎌井は開き直って疑問をぶつけた。

「ふぅー!」

 威嚇いかくする犬のごとき声を上げる“アンドロメダ”。しかし、久鎌井の質問に答えようとする様子は皆無かいむだった。

 にらみ合いのまま、突然、“アンドロメダ”の姿が急に消えた。

「何だったんだ……」

 鏡谷の指示に背く形にはなってしまったが、見逃すことは出来なかったし、重要な情報だろう。

「明日、鏡谷さんに報告しないとな」


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