第八章 アンドロメダ ②
水曜日。
慎太と洸は、鏡谷からの依頼の通り、休み時間を使って学校の生徒たちの顔を確認して回った。
しかし、同じ見た目の生徒はいなかった。
鏡谷から、アバターの性別は所持者の性別には関係ないと言われ、男子生徒の顔をも確認して回ったが、それでも見つからなかった。
昼休みには二人は合流して情報交換も行った。
手元には鏡谷から受け取った写真のデータもあったが、夜間の隠し撮りのような画像では他生徒に見せるのは
現段階では、二人で何とか同学年のクラスを回った程度だ。今日中に確認するには、何か方法を検討する必要があった。
そこで二人は、洸が“アンドロメダ”に変身して、顔写真を取り直すことにした。さすがに女子がよくやるようなポーズは恥ずかしくてとることはできず、生徒手帳にでも貼ってありそうな写真になってしまった。
しかし、これで目視するだけではなく、写真を提示しながら周囲から聞き取って確認していくことが出来る。
今日学校を休んでいる生徒もいるかもしれないし、二人が教室を訪れた時にはそこにいない可能性もある。写真があれば、この生徒がクラスにいるか聞くだけでいい。
この手段であれば、洸が三年、慎太が二年を回ることで昼休み中に一通りの確認が出来た。
結果や
(いなかったな、結局)
慎太が回ったところには、“アンドロメダ”と思わしき人物も、似た人物も居なかった。同学年も、改めて写真を持って確認もしたが、誰も知らないという。では、“アンドロメダ”はこの学校の生徒ではないのだろか?
(そもそも、アバターなわけだし、実在するかも怪しいよね)
ただ、人の姿をしていることには意味があるはずだというのが鏡谷の主張だ。
(まずは、この学校にいるかどうか。調べられるところから調べていくしかないよね)
洸には携帯端末からメッセージだけ送ってあるが、学校での携帯端末の使用は必要最低限にしている。
(帰りのホームルームが終わり次第、洸と合流しよう)
慎太がそんなことを考えていると、教室の扉があけられた。
担任が入ってくる。
「はい、席について~」
担任の言葉に、生徒たちが自分の席に戻っていく。
多くの生徒は、いつも通りの担任の言葉に、いつも通りに反応するだけであったが、慎太はいつもとは違う。担任の声に、少し沈んだトーンを感じた。
そして、それは間違いではなかった。
「えー、最近休みが続いていた高橋くんですが、転校することとなりました」
高校生で転校。
しかも、特に理由は告げられない。
休みがちであったこともあり、何か問題となる何かをしたのだろう。
周囲は勝手にそう考えていた。
このクラスには彼と仲のいい生徒はいなかったため、声を上げる生徒はおらず。ただただ静けさだけが目立った。
一瞬、慎太は担任と目が合ったが、担任の方が視線を逸らした。
「他には特に連絡はないわ」
クラス委員の号令で礼が行われると、担任は足早にその場を去っていった。
慎太は、目立たないように教室を抜け出し、担任に声を掛けた。
「木下先生」
木下、それが担任の名字であった。
「ああ、慎太くん。どうしたの?」
彼女の目が潤んでいることに、慎太は気が付いていた。
「ああ、あの……」
「ええ……」
高橋のことで泣いたのだろうと、慎太は推測した。慎太が彼女に高橋を見たと話をしたときの反応や、実際に夜の見回りをしていたことを考えれば、彼女が熱心に行動していたことは容易に推測できる。だからこそ、この結果に涙したのであろう、と。
木下も、誰かに話したい、そんな思いを抱えていたが、生徒に話すことではないだろうと自制していた。しかし、さっさとその場を去ろうとはしないあたり、まだ誰かに話したい気持ちに引っ張られてはいるのだろう。
だから、慎太は言った。
「どこかで話しましょう。あ、ええっと、進路のことだから、他の人には聞かれたくないです」
「そ……そう、進路ね……じゃあ進路指導室に行きましょう」
そうして、二人は連れ立って一階へ移動した。
進路指導室に入ってすぐ、木下は話し始めた。
「今日の昼休み、教頭先生に呼ばれてね。突然聞かされたの、高橋くんが転校するって」
「理由は何ですか?」
慎太は、促されるままに席に着くと、木下もその正面に座った。
「はっきりとは分からない。ただ、親御さんから、転校させるからって連絡があって、それだけなの。わたしは、あなたが高橋くんを見かけたと言った日よりも前も後も、彼の家に連絡したの、訪問もしたのよ。でも彼に会うことができなかったし、もう、親がわたしを門前払いにしたの」
木下は悔しさに身を震わせていた。
「取りつく島もない。わたしは彼を救って上げたいと思って、手を差し伸べようとしても、届かなかった。………過去にもそう言うことが無かったわけじゃない、けど」
今どき、不登校の子など珍しくはない。学校で目立って悪いことをする生徒は以前よりも少なくなったが、その代わりに学校に来なくなってしまう。
木下教員もすでに三十を超えている。教員として声を掛けても、構わないでくれと言われたことは何度も経験しており、そうやって差し伸べた手は何度も振り払われてきた。
「でも、今回は全く届きもしなかった。わたしって、何なんだろうって」
彼女の目からにじみ出る悔し涙。
慎太は、何度も何度も頷きながら、静かに聞いていた。
「ごめんね、堀くん。ありがとう」
多少はスッキリしたのか、顔を上げた木下は少しではあるが笑っていた。
「いえ、ボクも高橋くんのことは気になっていたので」
「わたしには彼がどうしているのか、これからどうするつもりかも分かりません。勝手に離れていってしまいました。親御さんもそんな態度ならどうしようもない。まあ、訴えられるよりかはマシかもしれないけど……」
「先生は悪くないですよ。むしろいい先生だと思います」
それは慎太の本心であった。
「ありがと。……でも、わたしが思い描いていた教師像と現実は違うね、残念だけど」
「そういう時代、ってこともあるんでしょう」
「そうね。そう言ってしまえばそうなんだろうけど」
「どんな時代だろうが先生は悪くない。それは確かです」
「ありがとう。ちょっと元気出たわ。あなたみたいな生徒もいるもんね。頑張るわ」
「頑張る必要もないです。木下先生は、木下先生らしくいればいいですよ」
「……あなた、将来モテるわね」
「いまはモテないんですね」
「ふふふっ、冗談よ。でも、本当にありがとう。高橋くんのことを話せるのはあなたしかいなかったから」
「いえ、でも、もう大丈夫そうですね。ボクも約束があるので、これで失礼しますね。
慎太は立ち上がり、進路指導室を後にした。
— * — * — * —
一方その頃、洸は陸上部の顧問に今日も用事があるため部活を休むことを伝えていた。
それで、さっとその場を去ろうとしたものの、陸上部顧問の榊原は彼を止めた。
「月曜日も休んでいたよな」
「はい、ちょっと最近大事な用事が出来て」
「大事な用事ってなんだ」
「あんまり人に言えないことです。ちょっと相談に乗っているというか」
「おまえなあ、もっと部活に身を入れろよ。お前の成績なら、本気出せばインターハイ出場どころか優勝だって狙えるんだから」
榊原は、もともと部活動の指導に熱のこもった教員ではあったが、ここまで洸に迫ったことはなかった。
「いやあ、そう言われても……ちょっと、人待たせてるんでいいですか」
洸ははぐらかしてその場を去ろうとするが、榊原はそれを許さなかった。
「ちゃんと理由を話してから行け」
その態度に、洸はキレた。
「オレ、もともとやる気ないんです。だから用事があればそっちを優先します。それがダメだっていうんなら部活辞めます。それに、何と言われようと、相手のあることなんで、理由は言えません」
退部を匂わすようなことは、洸はいままでしたことは無かった。顧問の方からそこまで厳しく言われたこともなかったし、彼も波風立てるつもりもなかった。しかし、いまの洸は、以前よりも自分の内にある思いに、少しだけ自信を持っていた。だから、売り言葉に買い言葉の状況ではあるが、胸を張ってその言葉を口にした。
「……分かった。好きにしろ」
「じゃあ、失礼しまーす」
勝った負けたではないのだが、洸は意気揚々とその場を後にし、顧問の榊原は
(俺の思い描いていた部活動は……もう時代遅れなのか?)
ふと、先日の慎太に言われた「プライバシーの侵害ですよ」という言葉を思い出した。
そして、いまの部活動よりも私用を優先する洸の態度。
確かに、冷静に考えてみれば、おかしなことではないのだが、榊原の学生時代を思い返してみると、部活動を何よりも優先していた。それが青春だった。
榊原も、
(もう、時代遅れなのか……)
それでも、他の部員の中には、そんな自分を慕ってくれる生徒もいる。彼らのためにも間違っているとは思いたくなかった。
しかし、かといって洸の実力は、諦めるには
(インターハイが狙えるのに、優勝が狙えるのに)
なのに熱心に打ち込まないなど、榊原からしたらあり得ないのだ。
(だが、いまはそれがあり得るのか)
自分の思い描いていた部活動というものは、皆が熱心に取り組み、大会でいい結果を取ることを目指すものだ。たとえ結果に結びつかずとも、努力したことこそが、生徒にとって財産となる。
努力もしないし、仕方なくやっているだけなど、榊原の価値観では許容することが出来なかった。
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