第八章 アンドロメダ ①

 火曜日の深夜。捜索前に車内で作戦会議をしていた。

 パンドラの二人は生身であり、洸はアバターの姿からあえて普段の自分の姿に変身していた。車内とはいえ、誰か目にまれば騒ぎになってしまう。それを避けるための対策であり、アバターの姿のままである慎太は後部座席で縮こまっていた。


「アンドロメダの神話の内容や、アバターの“アンドロメダ”の行動から、多少捜索範囲は狭められるな」

「どういうことですか?」

 アバターについて神話をもとに推測を語るとき、いつも鏡谷は楽しそうにしている。慎太はそう思いながら、質問をして話の先をうながした。

「人気のないところでひっそりと生贄になっても仕方がないだろう。だから、おそらく住宅街に現れるのではないかと推測する。一回目も二回目も住宅街だったしな。制服を着ているということからすると、学校と繋がりがあると思われる。以前にも言ったが、アバター同士は不思議と惹きつけ合う性質があると言われているから。そのことを考えると、東尾高校の生徒か? ともあれ、東尾高校近くの住宅街から順に確認していくべきだろう」


 皆で、携帯端末で地図を見ながら、高校に近い住宅街を探し、今夜張り込む場所を決めた。すでに二か所は出現しているため、選択肢自体は少なかった。

「いまのところ実害は無いが、目撃者が増えるのはこちらとしては困る。“アンドロメダ”としては目撃者が現れて欲しいのだろうが。かといって、誰かが家から出てくるまで待っている節もない。そこに矛盾を感じるが……。とにかく、現時点での“アンドロメダ”の行動としてはしばらくして姿を消してしまうため、気配感知からは素早く探し出さなければいけない。一回目も二回目も出現時間は三時頃だ。そこを狙おう」


「一つ、いいっすか?」

 洸が控えめに声を上げた。

「アンドロメダの神話を少し聞いてもいいっすか?」

 “パンドラ”の二人はもちろん、慎太もギリシア神話にはそれなりに詳しい。だから知らないのは洸一人だけだ。学校の授業であれば気にせず流してしまう洸だが、この場では置いてけぼりになりたくなかった。

「ああ、そうだな。少し話をしようか。アンドロメダはいまでいうエチオピアの王女だ。王はケフェウス、王妃はカシオペア」

「カシオペアなんて有名な星座だよ。ほら」

 慎太が北を指さした。

「あのWの字に星が並んでいるのがカシオペア座だよ」

「へー」

「そうだ。カシオペアも、ケフェウスも、アンドロメダもだがみんな星座になっている。そして、ペルセウスも関係している」




 王妃カシオペアは自分の娘、アンドロメダの美しさが自慢で、ネーレイデス(海神ネーレウスの五十人の娘たち)でも及ばないと言いふらしていた。それを耳にしたネーレイデスたちは怒り、海神ポセイドンに頼んでエチオピアに洪水と津波を起こしてもらったのだ。

 慌てたケフェウスは、神の怒りを鎮めるためにはどうしたらよいかと神託を求めた。その結果が、娘のアンドロメダを海の怪獣の生贄として捧げよというものだった。




「その怪獣がくじら座だとも言われている。くじらと言っても、我々の思い描くくじらではない。海の化け物だ」

「へー」

「それで、岩にくくり付けられていたアンドロメダを救ったのが、ペガサスに乗って現れたペルセウスだ」

「おー」

 洸が久鎌井の顔を見る。

「いや、俺はペルセウス本人じゃないからね」

「はっはっはっ」

 二人の様子に鏡谷が笑った。

「君も、アキレウス本人ではないだろ? あくまで“アキレウス”のアバターの所持者なだけだ」

「そっか、そりゃそうか」

「物語では、ペルセウスがメデューサの首を使って、化け物を石化させて、アンドロメダを救ったのだ。アンドロメダの話としては、あとはペルセウスと仲良く暮らしましたということではあるのだが。なあ……久鎌井くん、どう思?」

「そうですね。アバターの“アンドロメダ”は、生贄になりたがっているのが疑問ではあります」

「そう、それだ。アンドロメダと言えば確かに生贄なのだが、生贄にされかけているだけで、されてはいない。しかし、アバターの“アンドロメダ”は生贄になろうとしている。そこが一番の気になるところであり、一番重要かもしれないな。だからまずは捜索、調査だ。早く見つけたいところだ」


 それから四人は、それぞれの持ち場に着いた。

鏡谷の願いが通じたのか、その作戦は、見事に的中した。


 気配を感じたのは洸。現場に駆け付けた後も、三人は遠巻き様子をうかがっていた。移動能力に優れた久鎌井はじきに到着した。

「アプローチはしますか?」

「いや、今日は様子見をする。わたしの目的は果たしたから、あとは久鎌井くんが“ハデスの兜”の力を使って、近くで観察を頼む。我々はばれてもいけないので、もう少し距離を取るよ。とにかく、一通りの行動を確認しよう。」

「わかりました」


 “アンドロメダ”の行動は、話に聞いていた通りだった。

 周囲に呼びかけをする。

 しばらくすると意を決したように自分が生贄になれば大丈夫だと言い始める。

 そして、謎の怪物が現れ、彼女のもとに向かう。

 その間、誰も家から顔を出す様子はなかった。


(気持ち悪いなこいつ)

 見た目には半魚人のようであったが、その体表を泥が覆い、それがとめどなく流れているように見える。

 しかし、歩いた場所を泥が点々としているかというとそうではない。足跡がついても、地面にしみ込むように跡形もなく消えていた。

 こいつが、現実の存在とは一線を画すことは一目いちもく瞭然りょうぜんであった。


 そして、泥半魚人が“アンドロメダ”のもとに辿り着いた。

 “アンドロメダ”は目を閉じ、天に祈りを捧げているように見えた。

 泥半魚人は手を振り上げ、勢い良くその手刀を袈裟けさ切りに振り下ろした。

 吹きあがる血しぶき――ではなく、一瞬だけ光の粒子がぱっと広がったかと思うと、ふっと煙が霧散するかのように“アンドロメダ”の姿がかき消えた。

 次いで、泥半魚人の姿も、その足跡と同じように地面にしみ込むようにして消え、後にはしみ一つ残さずに消えていた。


(これは、一体何なんだ)

 何の儀式だというのか。消える直前の“アンドロメダ”の表情は苦痛にゆがむこともなく、むしろ満たされた表情をしていた。

 しかも、よくよく考えると、能力で変身したあとの“アキレウス”は別として、普通の人型のアバターというものは、久鎌井は初めて見た。

「あれは、一体誰なんだ?」


「いい疑問だね。久鎌井くん。それこそが今夜のわたしの目的だ」

 “アンドロメダ”たちが姿を消したため、鏡谷と慎太と洸の三人が久鎌井のもとに集まってきた。そして、鏡谷は皆に見えるように携帯端末を差し出した。

 その画面には“アンドロメダ”の顔がわかる写真が表示されていた。

「アバターって、写真に写るんですね」

 慎太が正直な感想を口にした。

「別に幽霊ではないからな。特別なアバターでなければ写る。動画もあるぞ。データを君たちに送らせてもらう」

 鏡谷はその場で携帯端末を操作した。


「この少女は実在するのか。それを調べたい。堀くんと飯島くんの二人には、東尾高校にこの少女、あるいはこの少女に似た人物がいないか探してもらいたいが、良いかね?」


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