第七章 ワンダリング・ガール ②

「君たちじゃないんだな」

「「はい」」

 鏡谷の問いかけに、慎太と洸は同時に頷いた。


 ここはカラオケ店の個室。L字型に置かれたソファーに四人が座っていた。片側に鏡谷と久鎌井が、もう片側に慎太と洸がそれぞれ並んで座っている。


「彼らではないと思います」

 アバターの所持者は基本的に他のアバターの気配を感じられる。アバターの扱いに慣れれば多少抑えることも出来るし、“ペルセウス”の“ハデスの兜”のような気配を隠す能力もある。そもそものアバター個別の性能として、気配を感じにくかったり、そもそもなかったりもすることもあるが、それらは例外である。

 慎太と洸の二人はまだアバターの気配というものを知らない。そこまでアバターの力を使いこなせてはいないし、久鎌井もまだ彼らに説明をしていない。だから自分の気配のコントロールも出来ない。一方、久鎌井は二人のアバターの気配を感じ分けることも出来ていた。ちなみに、“カルキノス”の方がアバターの気配は弱い。一方“アキレウス”の気配は強いが、変身能力の一環として、扱い慣れてくれば気配を自由自在に操れる可能性もあると、久鎌井は思っている。

「昨日の深夜に感じた気配は、また別のアバターです」

 だからこそ断定的に言えるわけだが、そういう口調の強さとは違った、普段の久鎌井にはない不機嫌さが見え隠れしていた。

「どうかしたんすか?」

 洸は遠慮なく尋ねた。

「ああ、久鎌井くんはこの週末に何事もなかったら、一度家に戻る予定だったんだ」

 そんな矢先に、深夜アバターの気配が出現した。

 それで帰省もお預けになり、取り急ぎ慎太と洸の二人に連絡をして、周囲に気を遣わずに話をするために、放課後こうしてカラオケ店にやってきたのだ。

「別に、仕方ないですよ」

 久鎌井に怒った様子はない。

 ただ、耐えているのか、妙に硬い雰囲気をかもし出していた。

「そもそも、家族思いの久鎌井さんですもんね。家族のことは気になりますよね?」

 慎太はさりげなくフォローをした。


「それに、かわいい彼女が二人もいるしな」

「お、例の二人ですね?」

 鏡谷の一言に、洸がニヤニヤとした表情を浮かべて言った。

 久鎌井の事件について聞いた流れで、その二人の存在について、洸も慎太も知っていた。

「写真とかないんですか? 見てみたいっすよ」

「洸ちゃん!」

 慎太はいさめながらも、内心興味はあった。

 なにせ“ピュグマリオン”と“ダイタロス”の所持者である。

(知的好奇心ってやつだよ)

 そんな言い訳をわざわざ自分にしていた。


「そんなもの――」

 無いよと、久鎌井は言おうとした。しかし――

「あるよ。ほら」

 そう言って鏡谷が携帯端末の画面を差し出した。

 慎太と洸は吸い寄せられるようにその画面をのぞき込んだ。


「鏡谷さん!」

 久鎌井が思わず立ち上がった。

「なんだ? 今回が初任務だから、出発前に記念として駅で写真を撮ったじゃないか? 忘れたのか?」

「忘れてませんよ。てか写真もありますよ。見せたくないから無いって言おうと思ったんですよ!」

 珍しく久鎌井が興奮している。

「まあいいじゃないか。ほら、こっちが沢渡衣くん、こっちが花住綾香くんだ」

「わー、わー、わー」

「何これめちゃくちゃ可愛いじゃないですか!! モデルですか? アイドルやってますか?!」

「わー、わー、わー」

 二人の容姿に興奮する洸と慎太。慎太に限ってはもう「わー」しか言えていない。


「天ヶ原高校のマドンナのワン・ツーだな」

「かー、この二人が彼女って全国の男子を敵に回してますよ」

「わー、わー、わー」

「そんなこと言われても知らん!」

「久鎌井くんはその高校の英雄だからな。誰も文句は言えないさ」

「うわー、めちゃカッコいいじゃないですか! 帝王ですね帝王!」

「わー、わー、わー」

「なんだ、帝王って、慎太くんは深呼吸して」

「なんで、久鎌井さんはそんなに冷静なんですか? こんな美人二人に囲まれて」

「その秘密はこちらだよ」

 鏡谷は少し楽しそうに、衣と綾香が並んでいるのとは反対側に佇む二人の女性を指さした。

「母親と妹さんだ」

「おー、妹さんは前にオレ変身出来ちゃったから見たことあるけど、お母さんもめっちゃ美人じゃないですか」

「きっと、久鎌井くんは子供の頃から美人耐性が付き過ぎているんだよ」

「そうかー。………久鎌井さんはお父さん似ですね?」

「このタイミングでそれって、どういう意味だよ」

 フンッと鼻を鳴らしながらも、ようやく久鎌井が座った。

「いやあ、お父さんも男前ですねって意味です! 久鎌井さん、どちらか紹介してくださいよ~。二人と付き合っているって、いつかはどちらか選ばないといけないでしょ? ね~、紹介してくださいよ」

 洸が両手をすりすりとこすり合わせながら久鎌井に懇願こんがんした。

「こ・と・わ・る」

「お、二人とも渡す気はないと、男前な返答だな。二人に伝えとくよ、喜ぶぞ」

「鏡谷さん、楽しんでますよね」

 久鎌井がジトリと鏡谷をにらむも、彼女は「はっはっは」と悪びれずに笑うだけだった。

「洸くんも十分にイケメンじゃないか、人気もあるんだろ? 女性に関して困るようなことはないんじゃないか?」

「いやあ、でも自分に寄ってくる子って、結局見た目でキャーキャー言っているだけだから、惹かれないんですよね。オレは芯の強い子がいいんです。久鎌井さんの彼女さんたちは、見た目も芯もばっちりじゃないですか」

「ま、まあ、そりゃそうだけど」

 そう言われて、久鎌井も悪い気はしない。見た目よりも、その精神性こそ彼女らの魅力だと思うからだ。


「ふぅー、あれ、この子はもしかして」

 ようやく落ち着いた慎太が、一番端で遠慮がちに写っている少女を指さした。

「ああ、その子は“アラクネ”の所持者、月野つきのしずくくんだ」

「へー、この子も可愛い」

 洸もその姿を確認してうなる。

「うん、可愛いね」

「そうだ。この子なら、落ち着いたら君たちに紹介してもいいぞ」

「ほんとっすか!?」

「鏡谷さん! そんなこと勝手に決めていいんですか?!」

「ん? 彼女はいまリハビリ中だからな。事件で生死の境を彷徨さまよってからは、感情が乏しくなってしまっている。友人だっていない。組織が保護していると、同年代の友人というのも作りにくい。彼ら二人は丁度良いかも、と思ってな。その時は、二人とも優しく接してやってくれよ」

「もちろんです!!」

 大きな声を上げる洸とともに、横で慎太もコクコクと頷いていた。

「さて、その代わりというわけではないんだが、一つ協力してもらいたいんことがあるんだが、いいか?」

「はい、何でしょうか?」

「なんかやる気が出て来たんでいいっすよ!」

 慎太と洸の返答に、鏡谷が口の端に笑みを浮かべた。

「深夜に現れた謎の少女、その捜索を手伝ってもらいたい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る