閑話休題 ②
日曜日、久鎌井家では料理教室が開かれていた。
講師は、久鎌井家の母である
唯奈は普段は下ろしているセミロングの髪を一つにまとめ、腰で絞められたエプロンがスタイルの良さを際立たせている。舞奈は、いつもは耳の上あたりで二つ縛りにしているが、今日は料理をするということで、位置をいつもよりも後ろにしていた。一つにはまとめないのはこだわりだ。
「さて、今日はカレーを作ります」
「コーヒーとかチョコとか入れるとおいしいんだよね!」
「マイマイ、素人はまず基本通りに作りましょー」
「コリアンダーとか入れるよね? 他にほら、コリアンダーとか……あとスパイス!」
「スパイスは総称! あとコリアンダー言いたいだけでしょ! スパイスカレーなんかまだ早い! 基本の基本。家庭のカレーはルゥを使います」
「え~」
「え~、じゃない! カレールゥはカレーを日本の家庭に広めた偉大な発明品よ? このリンゴとはちみつがとろ~り溶けてるやつを使います。おいしいヤツです」
不満を見せる舞奈に、唯奈は自分の作品であるかのように、市販のルゥの四角いパッケージを掲げて見せた。
「わたしはすご~くおいしいのを作れるようになりたいの! 友ちゃんを驚かせたいの!」
友ちゃんというのは兄のことだ。舞奈は兄のことをちゃん付けで呼んでいた。
「マイマイ、ちゃんとレシピ通りに作れば誰でもちゃんとおいしく作れることを学ぶのよ。じゃないと正解の味が分からないでしょ? アレンジはそれから。基本の味に足したい味を考えて隠し味を考えればいい。それと、料理は手順。それは数をこなして慣れなきゃ、かつ頭を使わなきゃ。てかあんたが普通の料理作るだけで友ちゃんは天まで届く勢いで驚きますから!」
母も、息子のことをちゃん付けで呼んでいた。似たもの親子かもしれない。
「はーい」
舞奈は少し膨れ面で返事をしたが、唯奈は終始楽しそうであった。
もともと、久鎌井家の家事は友多が行っていた。父が亡くなってからは、それが彼の役割で、唯奈は仕事をすることが役割。舞奈はマスコットだ。このマスコットというのも非常に大切で、舞奈の天真爛漫な様子を見ていると、唯奈も友多も癒されるのだ。
久鎌井がアバターの所持者となり、大きな事件に巻き込まれた結果、“パンドラ”に所属するようになってからは生活が一変することになる。
久鎌井には、それなりの給与が払われることになった。そのため家計はひとまず安泰であった。だから唯奈は仕事を辞めて、今はパートタイマーで働いていた。キャリアウーマンの如く仕事をこなし、会社からも重宝されていたため、退職の際には引き留められたが、唯奈は今まで家族とゆっくり過ごせなかった時間を取り戻したいと思っており、その意思は固かった。
(わたしだって、母親らしいことがしたい)
それが唯奈の思いだ。
だから家事は今、唯奈の仕事となっている。特に、久鎌井が“パンドラ”の任務で家を空けている状況ならなおさらだ。
そして、日曜日にはこうして家族の時間を過ごしている。
唯奈には幸せの極みである。
ちなみに今日の料理教室は舞奈たっての希望で、彼女の言の通り、兄——友多を驚かすための計画だった。
舞奈はいま、真剣な表情で玉ねぎを切っていた。
「マイマイは本当にお兄ちゃんが好きだね」
「わたし、友ちゃんと結婚するから!」
「それを言って許されるのは小学生までかな~」
「え~」
「てか、お兄ちゃんはいま、嫁候補が二人もいるからね」
沢渡衣に花住綾香。
久鎌井が関わった事件は大きかったため、家族に事のあらましも説明されていた。その経緯で、久鎌井も含めた三人の関係性は聞いていた。二人と話をしたこともあった。
この二人はどちらが嫁に来ても、唯奈はウェルカムであった。
「二兎追うものは一兎をも得ずだよ」
「マイマイが難しいこと言った!」
「そうなることを祈ってますから、フフフ」
舞奈の顔に邪悪な笑いが浮かぶ。
「てか別に二兎とも得ようとはしてないと思うよ? どっちかにすると思うよ? 日本は
「知ってるよ」
「ちなみに、兄妹婚もね」
「それは知らない。それに事実婚ならいいでしょ」
「また舞奈が難しい言葉を! そういうことだけ覚えていることに母は恐怖を覚えるわ!」
こうして今日も平和は休日が過ぎていく。
久鎌井友多も、これでこの週末に何事もなければ、一週間くらいは家に帰れる予定だ。そうすれば、妹のカレーに
しかし、そうはならなかった。
新たな事件は、日曜日の夜に起きた。
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