第六章 ナイト・レクチャー ②
洸のアバターが姿を消してから、公園にはパンドラの二人だけが残っていた。
「あんまり説教臭いこと言うと、洸くんが来なくなったりしないですかね? あ、二人の時は煙草吸っていいですよ?」
「ありがとう」
鏡谷はポケットから加熱式煙草を取り出しつつ、ベンチに腰掛けた。
「それでもやるべきことはやらなければいけないからね。そうでないとわざわざ堀くんに来ないようにしてもらった意味がない。」
そう言って加熱式煙草を一吸いすると、大きく煙を吐きだした。
実は、今日慎太が来なかったのは、“パンドラ”の二人がそのように依頼したからだ。洸とゆっくりと話がしたいからだと伝えると、彼も納得していた。
「だが、心配ないだろう」
洸は、他人の言葉を聞いて、素直に頷けるタイプではないかもしれない。しかし、最後には、彼から鏡谷を
「慎太くんの存在は、洸くんにとって大きいですね」
そう言いながら、久鎌井も鏡谷と同じベンチに腰掛けた。
「それこそが、“カルキノス”の力なのかもしれないな」
「そんな、アバターの力だなんて言ったら味気ないじゃないですか」
「失礼。少し言い換えよう。堀くんの存在そのものが、“カルキノス”の在り方なのかもしれないな」
「……言い換えたら分かりにくくなりましたね」
「まあ、どちらでもいいさ。何にしろ、堀くんの存在があれば、“アキレウス”が暴走するようなこともなさそうだ。そろそろ一度家に帰るか?」
「そうですね、この週末に事件が起きなければ、一度帰りたいところですね」
「可愛い妹に加え、綺麗な彼女が二人も待っているからな」
「鏡谷さん!」
「はっはっはっ」
久鎌井をからかう鏡谷の笑いは、小さいながらも心底楽しそうであった。
「まあ、何にしろ、土日は久しぶりに我々もしっかりと休もう。夜型生活が続くのは身に
「分かりました」
そうすれば、洸にも伝わるはずだ。
「そうだ、それと久鎌井くんには勉強しておいて欲しいことがある」
「学校の勉強なら、出されている課題はちゃんとやっていますよ」
久鎌井はまだ高校生だ。いまも本来なら学校へ通わなければならないのだが、“パンドラ”の任務があるときは、出校することは免除してもらっている。組織からの働きかけによって出来る特別待遇だ。とはいえ、学ぶべきことは学ばなければならないため、課題が与えられており、組織の職員がリモートで授業を行うこともあった。
「そうではなく、ギリシア神話に関して、ペルセウスに関してだ」
「え? それなりに調べたつもりですけど……」
「ああ、そうだな。だからこそ疑問に思わないかい? 君にはたくさんの能力がある。どんな攻撃も防ぐ“アイギスの盾”、どんな物をも切り裂く“鉤爪剣ハルペー”、姿を隠す“ハデスの兜”、宙を翔ける“ヘルメスの靴”。全てメデューサ退治の際に受け取っているのだが、だとしたら一つ足りないんだ」
それを言われたら、確かに久鎌井にも心当たりは一つあった。
「……キビシスの袋ですか」
「そうだ。メデューサの首を運ぶときに入れたキビシスの袋だ。きっと、それにはメデューサの魔眼の力を封じるだけの力があったのだと思うんだ。飯島くんにも言ったが、イメージとういうのは大切だ。そして君の場合、その存在を認識するというのは大切だ」
実際、“ナルキッソス”を土壇場で石化したときは、直前に“メデューサの首”の力があるはずだと知らされている。
「だから、君なりの“キビシスの袋”の能力があるかもしれない」
「はあ、ちょっとうまくいくか分からないですけど」
「だから、もう一度意識して読み込んでもらえればいい。一つの文献ではなく、いくつか当たって欲しい。もちろん、時間があるときだけで良いよ。それに……」
鏡谷が加熱式煙草を一吸いした。
「君は、“アイギスの盾”と“ハルペー”の力を掛け合わせることも出来ている。それは土壇場での奇跡かもしれない。だからこそ、今のうちに認識していれば、何かの役に立つかもしれないからな」
鏡谷の口から出て来た薄い副流煙を、久鎌井は見た。
煙草の副流煙は、体に害があると言われている。だから基本的に鏡谷は、共に行動するようになってからは、久鎌井の前では吸わないようにしていた。加熱式煙草に変えてからも同じだ。
だが、反対に久鎌井は二人のときは気にしなくてもいいと伝えている。
ツーマンセルで動く、いわゆるバディなのだから、久鎌井は鏡谷に自分に対して気を使わないで欲しいと思うからだ。それに対し、鏡谷はそれでも吸わないときもあれば、今日のように吸うこともある。
「……分かりました」
バディの信頼に答えたい。久鎌井はそんな思いで力強く頷いた。
そんな相棒の表情を見て、鏡谷は小さく笑った。
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