第六章 ナイト・レクチャー ①

 日曜の夜以降、慎太も洸もアバターとなり、毎夜の如く“パンドラ”の二人と会っていた。

 そして、様々なことを教わったが、まず二人は久鎌井のアバターと、関わった事件について詳細を聞きたがった。


 久鎌井が関わった事件について簡単に語った際には省いた“ナルキッソス”や、“エコー”の存在も説明した。

 そうなれば、久鎌井の家庭事情や、鏡谷の事情も聞くこととなった。


 久鎌井の父親は、彼を庇って交通事故で亡くなっており、彼が家事をして久鎌井家を支えていた。そして、その『家族を守りたい』という思いを核として“ペルセウス”のアバターが発現した。

 そして、“アラクネ”による連続殺人事件の裏で、それを収めに来たはずの鏡谷と当時の相棒である日比野ひびのという男、その上司である鏡谷の父には別の目的があった。

 日比野は“ナルキッソス”というアバターの所持者で、その他者の力を吸い取る能力で“アラクネ”の力を我がものにしようとしていた。力を吸収し続けたアバターの行きつく先を確かめたいというのが、鏡谷の父の目的であった。

 鏡谷の父もまた、“エコー”というアバターの所持者で、その囁く力で他者を惑わし、自分の思うように事を進めようとしていた。


 しかし、全ては久鎌井の“ペルセウス”の力によってその計画は潰えた。


 最後に、“ナルキッソス”の暴走により鏡谷の父はその命を奪われ、“ナルキッソス”は久鎌井を目の敵にしたことで、高校を破壊しようとまでしたが、最後には久鎌井が“メドゥーサの首”力を解放し、“ナルキッソス”を石化して止めた。そして、“ナルキッソス”が砕け、所持者も命を落とした。

 その後、あまりに目立ち過ぎた久鎌井であったが、学校中の生徒の協力もあって、高校生活を継続できることとなった。ただ、久鎌井の家庭事情と、本人の希望、組織側からの要請もあって、久鎌井は“パンドラ”に所属することとなった。


 それが、三、四か月前の出来事だ。


 思いの外大きな事件であり、また重い内容に慎太も洸も二人して気まずい空気を発していたが、“パンドラ”二人は軽く笑い飛ばしていた。

 しかし、二人も高校生である久鎌井が神秘隠匿組織“パンドラ”に所属している状況は気になっていたので、話を聞いて納得していた。

 その時、「だからスーツが似合わないんだ!」と洸が口を滑らせていた。その際、思わず慎太が手で強めの突っ込みを入れたが、人生初の物理的な突っ込みであった。久鎌井は「やっぱり?」と笑っていたが、洸としても少しでも思い空気を払拭しようとしての一言だったかもしれない。


 それから、“ペルセウス”の能力の詳細を聞いた。

 “ハルペー”、“アイギスの盾”、“ヘルメスの靴”、“ハデスの兜”、それらの話は聞いていたが、それ以外に“ハルペー”と“アイギスの盾”合体した不思議な“熊手くまでけん”があるという。

 長く伸びた鉤爪かぎづめのような五つの刃と、柄本つかもとに小型化したアイギスの盾が付いた熊手のような不思議な形状の剣。


 斬るべきもののみを斬り、斬るべきではないものが斬れることはない。


 その能力の活躍によって、久鎌井は“ナルキッソス”を無力化していたという。


「これが便利なようで厄介でね。ハルペーは何でも切れる、それがゆえ自身の心が大事だ。切るべきかそうでないかは、自身で選ばねばならない。一方“熊手剣”は、斬る必要のないものは斬っても斬れることはない。分かりやすく言えば人質を取っている悪者を、人質ごと斬っても人質は傷つかず、悪者のみを斬ることができるわけだが……」

「それじゃあ、思う存分斬りまくればいいだけじゃん? どこが厄介やっかいなの?」

 鏡谷の説明に、洸が当然の疑問を口にする。

「そうだな。それはそうなのだ。どうにもならないような土壇場どたんばでは間違いなく強い。しかし……堀くんはどう思う?」

 鏡谷は、洸の意見を聞いても難しい顔をしていた慎太に聞いた。


「……斬るべき悪ってのが難しい気がします。久鎌井さんの話であった“ナルキッソス”のような、明らかに他者に、大勢に害をなそうとしている相手には間違いなく強力なんでしょうけど、例えば自分を守るために力を振るっている相手にどこまで斬れるのか。そもそも、“ナルキッソス”ですら、“熊手剣”で止めを刺すことが出来ていなかったと思います」


「その通りだ。“ナルキッソス”には彼なりの事情があったが、守るために“アイギスの盾”の力が宿った“熊手剣”が、皆を守るために振るわれる分には異常に強かった。それこそ“ペルセウス”の核となる『思い』そのものだからな。“ナルキッソス”のアバターは紙の如く斬れた。しかし、相手の命を奪うことは出来なかった。では、合成を解いて、“鉤爪剣ハルペー”で、久鎌井くん自身の意思で止めを刺すことは出来ただろうが、それは容易なことではないな」

 鏡谷が優しい目で久鎌井を見た。

「そうですね」

 久鎌井は少し申し訳なさそうに頷いた。


「まあ、最後の最後には“アイギスの盾”に宿っていた“メドゥーサの首”の力で、相手を石化させて打倒したんだ。土壇場では無類の強さを発揮するのは間違いない」

 鏡谷の言葉に、慎太と洸は二人して「おー」と感嘆の声を上げながら拍手をしていた。

 ちなみに、いま二人はアバターの姿ではあるのだが、洸は“カルキノス”の姿を真似ていたので、カニ怪人が二人で拍手をしている状況だ。


 そんな夜を重ねつつ、二人も夢遊状態ではあるが、能力をコントロールする練習をしていた。とはいえ、練習をしているのは主に洸である。なぜなら、慎太はまだ自分の能力が分からない。時に鏡谷が慎太とカウンセリングのような会話をして心理、性格などを探るも、そもそもカルキノスの逸話が少なく、能力について想像するのが難しかった。


 一方で洸は変身能力に慣れ、思うように自分の姿を変えることが出来るようになっていた。身長や体型はある程度は自由自在だが、形は基本的に人型だ。知っている友人やクラスメイトには変身することができた。『恋人のドッペルゲンガー』のように、人をかいせば、その人のイメージした人間に変身することが可能である。久鎌井に触れることで、洸が見たこともない久鎌井の妹に変身することができ、実の兄が驚くほどに瓜二つであった。また、人型であれば、空想上の存在にもなれた。例えば狼男や鬼にもなれた。あくまでアニメや漫画で見たような見た目ではあるが。


 そして、何になっても足首のアンクレットが消えることはなかった


「このアンクレットが消えることは無いだろう。慎太くんのアバターである“カルキノス”にもなれているくらいだから、大切なのはイメージだと思う。練習すれば、もっといろいろなものに変身できるかもしれないな」

 というのが鏡谷のべんであった。


 しかし、二人はまだ同調状態には至っていなかった。

 パンドラの二人にとっては、“アキレウス”と“カルキノス”がそれぞれ同調状態になり、安定して能力を扱えるようになることが当面の目標であるのだが。

「俺も、差し迫った状況になるまで同調状態にならなかったから、焦ってもしょうがないかもね」

 と久鎌井は言う。

「じゃあ、差し迫った状態にしてみるか?」

 鏡谷はそう言って、ビクッとする若者二人の反応を見て楽しそうにしていた。



 — * — * — * —



 金曜日、何故か“カルキノス”が現れなかった。

 洸と“パンドラ”の二人のみとなり、会話もいつものようには盛り上がらない。

 身が入らない洸の様子は、誰の目から見ても明らかだった。


「今日は、少し君から話を聞きたいのだが、いいかい?」

 鏡谷が洸に声を掛けた。

「え、はい」

 今、洸は普段の、高校の制服を来た自分と同じ姿をしている。それはアバターの能力であえて自分になっているのだが、その表情には怪訝けげんな色がうかがえた。

「今まで、堀くんとは“カルキノス”の能力を探るためにも家庭事情なんかも聞いていたが、君の話はあまり聞いていなかったからね」

「……あんまり、面白くないですよ」

 洸は明らかに不貞腐れた反応を見せた。

「そうだな……君は、今の自分の境遇が好きではないようだな」

「……はい。境遇どころか、自分自身が好きになれません」

 親について、幼少期、小学校、中学校での様子など、鏡谷が尋ね、洸がぽつりぽつりと答えていく。それはまるで事情聴取のようでもあった。


「少し、堀くんから聞いたのだが、アキレウスの話を調べて、君はアキレウスに対してあまりいい印象を受けなかったようだね」

「そりゃあ……。カッコ悪いじゃないですか。自分は引きこもって、友達死なせちゃって。強いか何か知りませんけど、オレはそんな魅力的には思いませんでした。こんなこと言っていたら、そのうちオレから“アキレウス”の力がなくなっちゃうんじゃないですか?」

「そんな簡単な理屈ではないさ。気にすることはない。それに、アキレウスは伝説上の、あるいは物語上の人物だから、その心理がどうだったかは分かりようがない。ただ、アキレウスだって、自分自身のことを良く思っていなかったかもしれない。だからこそ親友パトロクロスが殺されたとき、我を忘れてヘクトールの遺体を損壊そんかいするような非道ひどいことをしてしまったのだろう」


「このいまオレが抱えている感情も、“アキレウス”のアバターを引き寄せた『思い』だっていうことですか?」

「はっきり言って、科学的に証明のしようがないことだから、いま君に“アキレウス”と思われるアバターが発現しているという事実を見るしかないさ。何にしろ、君が神話上のアキレウスをどう思うかは自由さ」


「……」


「わたしは、君の変身能力は、まだ自分が何者かはっきりしないという若者らしい『悩み』、『思い』の現れだと思う。いまはそれを上手く使えるようになればいい。前にも言ったけれど、イメージさ。若者の未来は何者にもなれるというイメージが、その能力に無限の可能性を与える。いつかその将来を決めるまでは自由さ」

「……オレは」


 洸の姿が、アバターのもとの姿、つまり透明な人型に姿を変えた。


「自分で、自分の将来を決める自信がない……です」

 洸は、自分の言葉があまりにも情けなくて、まさに消えてしまいたいような気持になった。

「それは、いま気にしても仕方ないさ。そんな人間は山ほどいる。いまは、いまの自分とその気持ちから目をそらさないことだ。それと……」


 鏡谷は透明となった洸のアバターの肩に手を置いた。


「君の自分自身への反発は、親への反発だと思う。だが、その親がいなければ、今の自分はいないさ。神話のアキレウスも、彼自身がどう思おうが、親によって不完全ながら不死身となったことが彼の強さに繋がっている」


「親に感謝しろなんて、そんな説教臭いことを言うんですか?」

 洸の言葉に力がこもる。透明なはずなのに、強い視線が鏡谷に突き刺さった。


「少し違う。だが、堀くんに尊敬の念を抱いている君の価値観は、きっと環境が違えば育まれることは無かった。だから、堀くんに出会えたことに、堀くんのことを素晴らしいと思えていることに、感謝をするんだ。そういう考え方が、君が君自身の在り方を認められる第一歩だ」


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