第五章 リサーチ・アバウト・〇〇〇〇〇 ②

「ヘラクレスって知ってるかい?」

「名前だけは。一番有名な英雄じゃない? 何したか知らんけど」

「さすがだね、ヘラクレス。洸ちゃんにも知られてるなんて大したもんだ」

 失礼な物言いだが、その通りなので洸は親指を立てたジェスチャーと笑顔で返した。

「って言っても、ゲームでもアニメでも漫画でも、何でも出てくるもんね。で、ヘラクレスは、主神ゼウスがアルクメネーって王女を気に入ってちょっかいかけて生まれた子供なんだけど」

「ゼウス最低だな!」

「まあまあ、ゼウスが色んな所で子供を作るのは、人間たちが自分たちもゼウスにあやかりたくていろんな話を作ったからだなんて言われてたりするから、まあ許してあげよ」

「人間最低だな!」

「それが人間らしいところだよ」

「慎ちゃん、深いな~」

 洸は腕組みをしながら、うんうんと繰り返し頷いて感心していた。


「ま、それは置いといて」

 慎太は、何か物を脇へ置く仕草をした。

「正妻ヘラはご立腹なわけです。それで、いろんな試練をヘラクレスに与えるように仕組んでいくんだけど、その中に十二の試練ってのがあってね。その二つ目の試練にヒドラ退治ってのがあるんだ」

「ヒドラって、あの首がいっぱいある大蛇。それこそゲームのモンスターとかで出てくるヤツだよね」

「そうそう、そのヤツ。いくら切っても再生するヒドラの首に、さすがのヘラクレスも苦戦していたんだ。ヘラはチャンスと思って、さらに追い打ちをかけるために近くにいた化け蟹のカルキノスに声を掛けたんだ。『友達の力になりたいでしょう?』て。ヒドラはカルキノスにとって大切な友達だから、彼を助けようとヘラクレスに近づいた。そして……踏まれた」

「踏まれた!」

「うん、邪魔だなって」

「邪魔って!」

「おしまい」

「まさに瞬殺! ってかほぼヘラクレスの話だった」

「で、ヘラがかわいそうだなって言って、星座にしてあげたらしい。それが蟹座。結局やられちゃったヒドラも一緒にお星さま」

「へ~」

 それを聞くと、二つの星座を探してみたくなると、洸は思った。


「でも、カルキノスってのはそれだけなんだよね~」

 慎太は顎に手を当てて首を傾げた。携帯端末でネット情報を調べても見たが、それ以上の情報は出てこない。

「だから、ボクのアバターが“カルキノス”だとして、見た目のカニ怪人以外にどんな能力があるのかさっぱり分からない。英雄ってほど有名でもないから、“アキレウス”のアバターが発生したことに起因して、連鎖的に発生したんだろうというのが、久鎌井さんや鏡谷さんの推測みたいだね」

「そうだなあ」

「まあ、これから毎晩のようにアバターの夢遊状態だっけ? それになって、いろいろ久鎌井さんにご教授願おう。それでいい? 洸ちゃん」

「そうだね。それでいいよ」

 洸が頷くと、慎太はいつもの大人しい様子と比べはしゃいでいる表情を浮かべていた。それは親友や家族でしか気づかないような変化ではあるのだが、それだけ慎太が今の状況を楽しんでいるのがうかがえた。

 友人が楽しそうにしているのだから水を差してはいけないと、洸も笑顔を見せるのだが、アキレウスに対して抱いた情けない同族嫌悪が心の中に渦巻いていた。


「あ、そうだ。オレ、一つ“カルキノス”の能力に気が付いたよ」

「何?」

「オレ、アバターの時、慎ちゃんと何も話さずにコミュニケーション取れてたじゃん? アレ、たぶん“カルキノス”の能力だよ」

「そうか! もしかして、久鎌井さんとか、他の人には伝わっていなかったの?」

 さすが慎太、みなまで言わずとも理解している。

「そうなんだ。だからあれはオレにテレパシー能力があったんじゃない」

「ボクに、君の心情を読み取る力があったんだ」

「まあ、“カルキノス”の能力だとしたら、友人限定かもしれないけどね」

「そうだ。きっとそうだ!」

 そう頷く慎太の瞳は、きらきらと輝いていた。


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