閑話休題 ①

「久鎌井、今は県外に行っているらしいですね」

 花住かすみ綾香あやかはクリームソーダのアイスをもてあそびながら呟いた。

「そうらしいね」

 そう答えるのは沢渡さわたりころも。彼女はベイクドチーズケーキを嬉しそうに頬張っていた。


 二人は久鎌井友多と同じ高校に通う生徒で、花住綾香が二年生、沢渡衣が三年生だ。

 そして、二人とも久鎌井と付き合っていた。決していわゆる二股ではなく、三人が納得の上で、である。成り行き上、二人がほぼ同時に告白し、男である久鎌井が二人に対しそれなりに好意を抱いていたため、それならば二人とも友達以上恋人未満の関係になるということで、とりあえず落ち着いている。一般の感覚ではおかしいかもしれないが、そうでもしなければ、久鎌井は二人ともの申し出を断ってしまう可能性があったからだ。それは二人にとっても望ましい結果ではなかった。


 そんな二人は、友達以上親友未満といった関係で、月に一回程度、こうやって二人きりで話をしていた。特殊な状況ゆえに、悩みを共有できるのもまたお互いだけなのだ。

 衣も綾香も弓道部であるが、三年生である衣は夏休みの大会後に引退しており、学校が終わった後や、休日に会わなければゆっくりと話をすることが出来なかった。そして今日は土曜日で、たまたま部活のない土曜日だったから、お互い誘い合って、ファミレスでランチを食べながら話をしていた。そして今は食後のデザートの時間だ。


(正直、抜け駆けしたいよね)

 綾香は、ちらりと衣を見た。

 この弓道部の先輩は、学校でもトップクラスの美人だ。今のように私服でいると、もう高校生には見えない。そのうえ性格はさっぱりとしていて男女ともに好かれている。優しく、世話焼きの面もあり、綾香も思わず白旗を上げたくなるスペックの持ち主だ。

 しかし、そんなライバルに負けたくないと思うほどには、綾香も久鎌井に好意を寄せていた。そうでなければ『あの時』に命を懸けるようなことはしない。


 一方綾香も、ハイスペックの美人だ。長い髪をポニーテールに束ね、学校では礼儀正しいお嬢様として振る舞っていた。それは父親が医師で、末娘である綾香に厳しくしていたからこそであり、の綾香はそんなお上品に振る舞うような人間ではなかった。しかしいまは、外でも少しは自分のというものを表現できるようになり、こうして素を見せられる友人も出来た。

 すべては、久鎌井友多と関わった事件があったからである。


「抜け駆けしたいな、とか思っているでしょ?」

 衣は、ケーキとセットで頼んだアイスティーで口の中を洗い流した後、落ち着いた様子で綾香に尋ねた。

「え、あ、そんなわけ……、いえ、はいそうです」

 否定したところで意味がないと思い、綾香は観念した様子で頷いた。

「ていうか、無理だったでしょ? 久鎌井くんの方が、乗ってこないでしょ?」

「その言い方だと、先輩も抜け駆けしたってことですか!?」

「ううん、わたしは自分でも意外だったけど、待つタイプみたい。だから何もしてないわよ?」

「ぬ、抜け駆けって言っても、わたしだって大したことはしてないですよ」

 ちょっと露出の多い服を着てみたり、腕を組んで胸を圧しつけてみたり、あわよくばキス出来ないかなとアクシデント的に顔を近づけてみたり、抱き着いてみたり――しかし、全て失敗だった。

(久鎌井のドギマギする様子は可愛かったけどね)

 その時の様子を思い浮かべ、綾香の表情は少々にやけてしまった。

「む、その顔を見ると、わたしも攻めるべきだったかしら」

 衣はむくっと膨れた様子で呟く。


 この学園のマドンナのごとき女性も、綾香の前では少々子供っぽい様子を見せていた。

 二人は、学年の差はあれど、同じ男性を好きになった身として、対等だったのだ。

 だからこそ、こうして二人で会っている。

(くそう、この先輩ほんとにキレイで可愛い)

 しかし、負けられない戦いがここにはあった。


「でも、夏休みは久鎌井も時間があったのか、いろんなところに行きましたよ?」

「そうね、わたしもいろいろデートしたわ」

「遊園地とか」

「遊園地、行ったわ」

「水族館とか」

「そうそう、水族館も」

「映画館とか……」

「そうね、映画館も……」

 二人は、お互いの顔を見合わせ、少し黙った。

「見た映画は?」

 二人の口から出たタイトルは同じものであった。

 二人の女性と付き合っているという特殊な状況の中、彼なりに二人を平等に扱うべきだと思っているのだろう。とはいえ――

「ちょっと、キッチリしすぎていないですか?」

「そうね、わたしもそう思うわ」

 だが、そうしないと、彼が一方に申し訳ないという感情を抱いてしまうのだろうということは、二人には容易に想像出来た。

「久鎌井らしいと言えばらしいんだけどさ……」

 綾香は思わず苦笑いを浮かべた。

「あら、嫌だったら身を引いてもらってもいいわよ」

 衣が余裕の表情を浮かべ、胸を張って言った。

「いや、そこが久鎌井のいいところよね。うんうん」

 綾香も慌ててそう言い返すが、ふと衣と目が合うと、プっとお互い噴き出した。


「ほんと久鎌井くんらしい」

「ほんとですね~」


 こんな状況になるとは思わなかったが、これが惚れた弱みというやつか。

 それからしばらく、惚れた男のことも、それ以外のことについても、二人の会話は楽しそうに弾んでいた。


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