第二章 イッツ・リアリティ ④

 もう一体のカニ怪人の足首には、あの火の玉が存在しており、その姿があのニコイチ火の玉のものであることを、慎太は理解した。


「なんでえ! 弱っちいのが二人になったところで――」

 ところで何なのだろうか、最後まで言い切ることが出来ず、その少年は新しく現れたカニ怪人の腕の一振りで突き飛ばされた。

「クッソ!」

 後ろに控えていた前髪の長い少年が、先程のリーダー格の少年よろしく飛び蹴り見舞う。

 しかし、今度のカニ怪人はビクともしなかった。

 それは慎太がまさに想像していた姿だった。

 第二のカニ怪人は、そのハサミを掲げ、少年ににじり寄った。

 先程までの余裕は消え失せ、少年たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。


「さて、ここらで一旦終わろうか」


「えっ」

 驚きの声を上げたのは慎太だった。

 第二のカニ怪人の横に、西洋の鎧が現れたのだ。

 いわゆる全身鎧と思われるそれは、掲げられた第二のカニ怪人の腕を左手で掴んでいた。

 カニ怪人はその手から逃れようとするが、ビクともしなかった。

 その全身鎧の兜が、三人の少年の方を向いた。

「さ、君たちはさっさと去ってください。その方が身のためだよ」

 その声は、確かに全身鎧から発せられていた。

(白い全身鎧……白騎士って感じだ)

 慎太は、自分もカニ怪人になっているという事実を忘れ、目の前の白騎士の姿に驚いていた。

 白騎士は、見た目の威厳とは程遠い、若い男の声でその先を続けた。

「あと、今日のことは忘れた方がいい。SNSの投稿もしないでね。さもないと」

 白騎士の言葉に合わせ、右の篭手こてが黒く変色し、形を変えていった。

 掲げられた右手は、五本の指が異常に伸び、それぞれが鎌のような、鉤爪かぎづめのような禍々まがまがしい姿に変貌へんぼうしていた。


「「「ひっ」」」


 三人の喉が恐怖に引きつった音を立てたその時、キィィィというブレーキ音とともに、眩しい光が彼らを照らした。


「何してるのあなたたち!」

 女性の声に続き、バンッ! と扉を閉める音も聞こえ、異形いぎょうの三人の視線がそちらに集まる。


「に、逃げるぞ!」

 リーダー格の男の声と同時に、三人がうのていでそれぞれの原付にしがみき、そのままエンジンをかけて走り去っていった。


「あちゃー、あんまり一般人に姿を見られたくなかったな。俺たちも逃げよう」

「あ、はい」

 慎太はのろのろと立ち上がると、駆け出した白騎士の後を追った。


「ちょっと、待ちなさい!!」


「あれ? 担任の先生?」

 一瞬だったし、逆光だったために顔はあまり見えなかったが、声を聞く限り、慎太にはそのように思われた。

「そうなの? とりあえず、今は場所を変えるよ」

 白騎士は、バイクにでも乗っているかのようなスピードで、慎太から遠ざかっていった。

 一方慎太は、普段の彼よりは早いかもしれないが、早めの一般人レベルの速度で走っていた。

「ごめん、あっちは車もあるから追い付かれたら面倒だ。失礼」

 一瞬で戻ってきた白騎士は、カニ怪人の姿の慎太を小脇に抱えると、先程よりもはやい速度でその場を離れた。

 それは走っているのではなく、地面をホバリングして滑っているようであった。


「あれ、もう一人のカニ怪人は?」

「気づいていなかったかい? 君の言うところの担任の先生が現れたところで、姿を消していたよ」

「そうなんですか? 気が付かなかった」


「そろそろいいかな……」

 海沿いから離れ、公民館の隣にある公園にやってくると、白騎士は慎太を下ろした。


「さて、自己紹介からさせていただくが、突然のことで何が何だかという状況だろうけど、俺は君の今の状態を説明することが出来る。もちろん危害を加えるつもりもないから落ち着いて聞いて欲しい。いいかい?」

 そこまで言うと、ふっと白騎士の姿が消えた。


 まるで、一瞬で霧が晴れたかのように全身鎧が消え失せると、そこには一人の少年が立っていた。


 黒いスーツを着てはいるが、着慣れてはいない。年頃も慎太とそれほど変わらないように見えるその少年は、自らをこう名乗った。


「俺の名前は久鎌井くがまい友多ゆうた神秘しんぴ隠匿いんとく組織“パンドラ”に所属している、君と同じくアバターの所持者だ」


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