第二章 イッツ・リアリティ ③
「お、慎ちゃん」
慎太は、昇降口を出たところでウォームアップを始める前の洸に声を掛けられた。
「今日はもう帰るの?」
「うん、洸ちゃんは部活をやっていくの?」
「ああ、あんまりサボると顧問もうるさいし、早く帰ると母親はもっとうるさいからね」
すでにウォームアップを終えている部員もおり、いまだ終えていない洸の態度からやる気は感じられない。あくまで仕方なくといった様子だ。
「そう言えばSNSの投稿見た? って、ごめん何のことか分かんないね」
「ああ、カニ怪人の目撃情報?」
「え? そうそう、よく分かったね」
「……ああ、だって、昨日の帰りに二人で話をしたあとなんだから、そりゃあ夢の話かなって思うでしょ」
「まあ、そうか……それで、昨日話したことが夢じゃないってことになっちゃったよ」
「そうだな。そうなるとますます分けが分からないね。夢なら別に何が起ころうと関係ないけど、現実となると怪奇現象か超常現象かってことになるもんね」
「目が覚めると自分の部屋にいるわけだから、幽体離脱のようなもんなのか……それと夢遊病か……」
「あの姿は何なのかも分かんないしね」
「……うん。ボクの姿も、あのニコイチ火の玉くんも」
カニ怪人が自分である以上、あの火の玉もまた、誰かなのだろう。それが誰なのか、慎太も気にならないわけではない。
「こらー! 飯島、いい加減アップを終わらせろ!!」
慎太が考え込む前に、陸上部顧問の
「わりぃ、じゃあ、部活してくるわ」
「うん、またね」
「ああ、また」
洸はグラウンドに戻ると。慎太も自転車置き場に向かった。
家路についた慎太であったが、ついつい考え込んでしまうため、二、三度信号無視しかけていた。
— * — * — * —
夢と思っていたことが、そうでないと分かった。
最近は、寝ればあの不思議でありながら楽しい夢の続きが見られるかもしれないと、少なからずワクワクしながら床に就いていたが、今は少し不安がある。
(同じようにあの夢を……いや、夢でないのであれば体験と言った方がいいか……)
再びカニ怪人になることが出来るのだろうか?
この体験が良いことなのか悪いことなのか、それすら分からない。考えれば考えるほど不安が強くなる。
しかし、慎太は割り切って気持ちを切り替えることにした。
(もともと、気が付けばカニ怪人になっていたんだ。今更考えても仕方がない。またカニ怪人になるようなら、今度は現実のつもりで、いろいろ検証すればいいだけじゃないか)
そう思うと、不安より好奇心が勝り、再びワクワクとする感情が生じ始める。あの体験が気持ちを高揚させ、開放的にしてくれるのは間違いなかった。
「……よし、寝よう」
意気込んでベッドに横になると、寝つきの良い慎太の意識はすぐに沈んでいった。
そして、気が付けばいつもの堤防沿いの道で、いつもの姿になっていた。
手元を見ると、やはりカニのハサミだ。
周囲の物の高さや、視線の高さなどから、身長はいつもの自分とそれほど変わらないように思えた。
慎太はその場で飛んだり跳ねたり、走ってみたりと体を動かしてみたが、いつもよりは少し体が軽いような気がした。
「確かに、夢というには、現実感が圧倒的だもんな」
これが、周囲の景色も肌感覚もどこか
そして、慎太の胸を満たす高揚感は変わらず存在している。
「さて、ニコイチ火の玉くんはいるかな?」
しばらく道沿いに進むと、火の玉はそこにいた。
「やあ」
慎太ことカニ怪人は、声を掛け、堤防の上に腰掛けるようにして、火の玉の隣に座った。
「昨日の二人乗りのバイクの奴らのどちらかが、ボクらのことをSNSに投稿していたよ。つまり、これは夢じゃないんだって」
慎太の言葉を聞いて、少し火の玉が揺らいだ気がした。それは心の動揺なのだろうか。
「とすると、君も誰かなんだろうね?」
慎太の言葉に火の玉が再びかすかに揺らぐ。しかし、彼の意思は伝わってこなかった。自己紹介をする気はないようだ。
「でも、それを追究する気はないけどね」
その言葉に、火の玉からは安心感が伝わってくる。
夢でないと知ったところで、慎太にとって今のこの状況が心地よいことには変わりなく、それはまた火の玉にとっても同じなのかもしれない。
しかし、そうも言っていられない事態がけたたましい音をたてて近づいて来た。昨日の原付の二人かと思われたが、音の発信源は一つではなかった。
道路に姿を現したのは三台の原付だった。
一つの原付に一人ずつ。
昨日二人乗りをしていた慎太のクラスメイトの姿はなかった。
「ここにいんのか!?」
無駄に大声を上げているのは短髪銀髪の小柄な男だった。三人の先頭に折り、リーダー格といった様子だ。
「あー、なんか粋がっている感じだね」
普段の慎太なら、さっさと身を隠し関わらないようにするところだが、今の慎太の見た目はカニ怪人だ。ビクビクする気にはならなかった。
慎太は堤防から降りると、三人も前に立った。
「こ、こいつです!」
「へへっ……なんだコレ? コスプレか? ぁあ?」
リーダー格の少年は、少し警戒心を見せつつも、手下に良いところを見せたいのだろう、さも自分に余裕があるように振る舞っていた。
「こんな着ぐるみ、剥いじまおうぜ」
もう一人いた前髪の長い少年もまた、同じような
二人が、内心怖気づきながらも、粋がって誤魔化していることは慎太にも分かった。気が大きくなっている慎太も少し調子に乗り、いつか見た特撮番組の怪人よろしく、両手を広げて唸り声を上げた。
案の定、三人は
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
分かりやすい捨て身の飛び蹴りだった。
(こんなもの、いまのボクには効かないさ)
見た目は恐ろしい怪人なのだ。
飛び蹴りも効かずビクともしない自分自身と、無様に地面に倒れこんだ相手を想像し、根拠のない自信を胸に、慎太は胸を張って相手の足を受け止めた。
そして、あっさりと体勢を崩した。
「あれ?」
相手は飛び蹴りから体勢を崩すことなく着地すると、そのままの勢いでカニ怪人の顔を殴りつけた。
そして、
「なんだコイツ、弱っちいぞ!」
「な、なんだよ、ビビって損したじゃねえか……」
そんな声が、後ろに控えている二人から聞こえてくる。
今の状況は慎太にとっても心外であった。
こんな姿になっているのだから、当然怪物のような力が自分にあるのだろうと思ったのに、そうではないようだ。
確かに、蹴られたところも、殴られたところも、高校生男子に全力でやられた割には痛くない。その点では、生身の自分とは違うようだと慎太は思った。だが、衝撃としては生身にやられたのとそう変わらないような気がした。だから無様によろめき、尻餅をついた。
「へへへっ、じゃあ、その着ぐるみを本当に剥いでやろうか」
リーダー格の男はカニ怪人の見た目に、まだ気味悪さが残っているようではあったが、身の危険を感じる相手ではないと確信したのだろう。さらなる攻撃を加えてやろうと、慎太に近づいてきた。
(……どうしよう)
慎太はそれほど痛みを感じなかったことから、そこまで恐怖を感じていなかったが、こんなに姿になっても弱い自分に惨めさを感じ、また力で打開できなさそうな状況に、本当に困っていた。
そんな時、目の前に火の玉が現れた。
「なんだ?」
非常に地面に近い位置に現れたそれが何なのか、三人には全く分からなかった。それが火の玉のようだと認識する間もなく、三人ともが驚いた表情を見せた。
突然、もう一体のカニ怪人が現れたのだ。
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