第一章 トゥー・ボーイズ ③

「ただいま~」

「あ、おかえり~」

 慎太が家に着くと、母親が洗濯物を取り込んでいた。彼女は、スーパーでパート勤務をしていて、今帰ってきたのだろう。

 四十半ば、中年らしい体系のおばちゃんと言った風体ふうていだ。しかし、目元はぱっちりしていて、背も低くく、十代の頃は可愛らしかっただろうと思われる。


 父親はまだ勤務中で不在にしていた。自動車工場に勤めている。

 幸いこの地域は自動車産業が盛んで、大きな工場がある。万年工場勤務で、夜勤もあるが、それなりの収入が約束されている。

 絵にかいたような中流層。それが慎太の家庭だった。

 派手な生活はしていないが、衣食住には困らない。

 母親がパート勤務をしているのは、子供たちが大学を目指したときに、私立の大学だろうが県外の大学だろうが、目指したいところを目指せるようにとお金を貯めているからだ。ただ、県外の私立大学だけは勘弁して欲しいというのが本音だ。ましてや東京の私立大学は無理だ。それでも行きたければ、本人がバイトを頑張るが、奨学金をもらうしかない。


「慎太、依子よりこにおやつにパンが買ってあるからって、伝えといて」

 自室に向かおうとする息子に、母親はそう声を掛けた。

「あー、うん、分かった」

 一瞬、面倒だなと思ってしまうが、できるだけ態度には出さないようにして、慎太は返事をした。

 二階に上がって、自室に入る前に、となりの妹——依子よりこの部屋をノックした。

「……なに?」

「おやつのパンがあるって」

「はーい」

 ドア越しにやり取りが終わった。

 今は顔を出さなかったが、慎太には二つ下の妹がいる。

 別に仲が悪いわけではないが、かといって小さい頃のように一緒に遊ぶようなことはない。お互い思春期なのだから、それなりの態度、それなりのやり取りになってくる。


 妹は少女漫画が好きで、今も部屋の読んでいるだろうと、慎太は推測した。

 自分の兄が漫画の主人公のように格好良くないことに、たびたび不満を漏らしている。そういう彼女の顔は、兄と瓜二つ。両親も似ているので一家が並ぶとマトリョーシカのようだ。

(洸ちゃんが兄貴だったら、大喜び何だろうな)

 小学校の頃はよく遊びに来ていたし、中学の頃にも月一回くらいは来ていた。

 その時、妹は兄には見せたことのないキラキラした表情を洸に見せていたし、何ならそのために化粧する様子すらあった。


(それにしても、久しぶりだったな)

 慎太は、鞄をおいて、ベッドに大の字に寝そべると、洸との下校を思い出していた。

 洸が慎太に対して安心感を持つように、慎太もまた、洸と一緒にいることに、安心感を抱くのだ。

 お互いに、自然体でいられる相手。

 似ていないのに不思議だと思うし、似ていないからこそなんだろうなとも思う。

「……洸ちゃんと話すと、頑張ろうと思うんだよな……」

 保育園の頃から顔を合わせていたから、友達なのは当然だった。

 ただ、本格的に仲良くなったのは、ドッジボールのクラブチームで一緒になってからだった。

 大変な練習を一緒にくぐり抜けたからこそ、得られた友情なのかもしれないし、クラブチームで同学年なのは、数人しかいなかったから、それでかもしれない。

 スポーツ万能な洸からしたら、自分なんて取るに足らない存在だっただろうにと、慎太は思うのだが、一体何を評価してもらえたのかは分からないものの、洸は一番慎太と仲良くしてくれた。


 気が合った。慎太としてはその一言でしか言い表せなかった。


 あまり周囲のことなど気にしないいマイペースな慎太でも、何故か、洸には認められたいという感情が生まれてくる。でもそれは決して焦りなどの嫌な感情ではない。

 やる気が沸き上がり、ワクワクするような感情すら生まれるのだ。

「よし!」

 慎太は体を起こし、机に向かうと、先ほどの陸上部顧問に取り上げられそうになったメモ用のノートを取り出した。そして、自分が書いたメモ書きを見つつ、脳裏に先程見た校庭の風景を思い浮かべながら、物書きに没頭ぼっとうしていった。


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