第一章 トゥー・ボーイズ ④

 夜。

 慎太は十二時前には就寝していた。

 そして、再びカニ怪人になっていた。

 もう何度かこの夢を見ているので、戸惑いはない。不思議な安心感すらある。

 そしていつものところに、そのニコイチ火の玉はいた。


 堤防の上に座り、二人並んで海を眺める。

 今日は星がきれいだ。

「何となくだけど、今日は落ち着いているね」

 慎太は火の玉にそう声を掛けた。

 言葉は無いが、火の玉が頷いたのが伝わってくる。

「そっか、良かったね……え、それは君のおかげだって、君がこうやって話を聞いてくれるからだって? 照れるなあ」

 話を聞くと言っても、感情とともに何となく思っていることが伝わってくるだけで、具体的な悩み相談をしているわけでは無いから、火の玉のその言いように慎太は少し戸惑った。しかし、慎太は小説のために様々は本を読むが、心理的には傍にいるだけで落ち着くものだと何かに書いてあったことを思い出し、そんなもんなのかもなと思うことにした。


 何にしろ、どうせ夢だし、根拠なんてない……


「……風もないから、無音だね」

 波の音も、ほとんど聞こえない。

 しかし、ふと、遠くからバイクを吹かす音が聞こえてきた。

 そちらの方向は、大橋の方だった。

 湾に注ぐ川の河口付近にある大きな橋は、地元のマラソンで走られるような場所だ。

 だんだん、音がこちらに近づいてくる気がした。

「田舎にはまだこんな暴走族みたいなのがいるのかね」

 田舎と都会にそんな違いがあるのか慎太にはよく分からなかったが、バイクを、音を立てて走らせる暴走族には、何となく古いイメージがあった。


 光が見え、こちらの方に向かってくるのは明らかだった。

「ちょっと、脅かしてやろうか」

 慎太のちょっとした思い付きだった。


 どうせ夢だし。


 普段なら絶対やらないことを、ちょっとやってやろうと思っただけだった。

 妙なリアリティに違和感は覚えているのだが、前提として『夢だから』と思っている彼の脳に引っかかるようなことではなかった。


 そのまま、こちらに近づいてくるバイク——よく見ればいわゆる原付げんつきだ――の前に飛び出した。


「わ!」

「あぶねえ!」

 二人の男の声と、キィー!! というブレーキ音が鳴り響いた。


 二人乗りの原付は何とかギリギリで止まり、慎太にぶつかることは無かった。

「なんだ! てめえ!! って、なんだこいつ」

「ひぃ、ば、化け物!!」

 二人は、慎太の姿を見て、急に向きを変えて走り去っていった。


 ニコイチ火の玉は慎太の方に心配そうな様子で近づいてきた。

 いたずらの後だというのに、慎太は楽しそうな表情見せず、去っていった二人の様子の姿を見つめていた。

「あれは……高橋くん?」

 二人乗りの運転手ではない方の少年に、慎太は見覚えがあった。

 それは、夏休み明けから学校に姿を見せなくなっていたクラスメイトだった。しかし、慎太の記憶では、夏休み前は黒髪だった。今の姿は金髪で短髪だった。

 急に、慎太の中で違和感が沸き上がって来た。

 これは、本当に夢なのだろうか?



— * — * — * —



 原付きに乗っていた二人が去り、二つの火の玉とカニ怪人となった慎太の姿も、この堤防沿いの道からは消えた。


 その道のど真ん中に、忽然こつぜんと男が姿を現した。


 黒いスーツを着たその男の顔にはあどけなさが残っており、就職活動中の初々しさよりも、ただただスーツに着られているような違和感があった。

 無理もない、まだ少年なのだ。

 その少年は携帯端末を取り出し、電話を掛けた。

「あ、鏡谷さん? はい、二つのアバターは姿も気配も消しました。少しヒヤッとすることがありましたが、大事には至りませんでした」

 少年の口ぶりは、スーツの似合わなさに相反あいはんして、落ち着いていた。

「でも、これでまたアバターの噂が流れるでしょう。これ以上の大事になる前に、彼らに接触した方がよさそうですね。はい、明日の夜、ここで、アバターが出現すれば接触でよいですか? とりあえず、そうですね。はい、分かりました」

 携帯端末をポケットに戻すと、少年は空を見上げた。

「ついに接触か……上手くやれるかな」

 そうつぶやく少年の顔には、先ほどまでの落ち着いた口ぶりとは変わって、まだ未成年らしい不安の色がうかがえていた。


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