第一章 トゥー・ボーイズ ②

 十五分が経過すると、洸が部室から出てきた。


 その姿を見つけ、慎太も動き出した。

 遠いながらも二人はお互いの姿を確認すると、どちらからともなく二人して自転車置き場を指さした。そしてすぐには合流せず、どちらも自転車置き場に向かって歩き出した。

 偶然、お互いの自転車を止めた場所が近く、そこが合流地点となった。


「用は済んだ?」

 洸が、自転車の向きを変えようとしている慎太に尋ねた。

「ああ、まあね」

「小説のネタ探し?」

 慎太の趣味が小説を書くことだと、洸は知っていた。

 慎太は昔からアニメ、漫画、ゲーム、小説など、物語が好きで、いつの間にか物語を夢想するようになり、そして、小学校五年生の時には、つたないながらも小説を書くようになっていた。洸はその構想を聞いたり、出来上がった小説を読ませてもらったこともあった。


「でも、慎ちゃんが書くのは異世界ファンタジーものだったよね?」

「今回は現代を舞台に書こうと思ってね。部活の時間の空気感をつかんでおきたかったんだ」

「なるほどね~。よっと」

 慎太は洸が自転車にまたがるまで待つと、二人並んで漕ぎ出した。


「洸ちゃんは良かったの?」

 慎太は、飯島洸のことを『こうちゃん』と呼んでいた。高校生にもなれば、『くん』付けか呼び捨てかが多かった。名前に『ちゃん』付けは、小学校からのそのままなのだ。飯島のことをそう呼ぶのは、もう慎太以外にはいないだろう。また、慎太のことを『慎ちゃん』と愛称あいしょうで呼ぶのも、飯島洸だけだ。堀慎太にとって、友人と呼べるのは、飯島洸くらいしかいないからだ。

「ああ、いいよ。今日はいつも以上にやる気がなかったから、ちょうど良かったんだ」

「役に立ったんなら良かった」

 この時に、『もったいない!』とか『もっと頑張れよ』とか言わないのが慎太だ。あるがままを受け入れてくれる安心感も、洸が慎太と気が合う理由の一つだった。洸からすれば、慎太に友人が少ないことの方が不思議だった。話せばとても『いいヤツ』だというのが分かるのに、それこそ『もったいない』と思うところではあるが、慎太自身が望んで積極的に動いているわけではないのだから、自分がとやかく言うことではないのだろうと思っている。


 車道に出ると縦に並ぶことになるので、お互い大きな声ではあるが、とりとめのない話をしていた。こうやって二人で一緒に帰るのは、高校入学後は入学直後に数回あったのみで、ずいぶんと久しぶりだった。お互い気の許せる相手同士ではあるのだが、キャラクターがあまりに違うので、学校生活でのコミュニティーが違いすぎてしまう。洸の周囲にいる友人で慎太と気が合いそうや人間はいなかった。洸は慎太と話したいと思っても、周囲が洸を囲んでしまうため、どうしても疎遠そえんになってしまっていた。それは中学でも一緒だったが、高校生活になるとさらに顕著けんちょになっていた。頻繁ひんぱんな交流があったのは、小学校五、六年の頃だ。


 二人とも、住む町は東尾高校から少し離れていた。自転車で南に走り、どちらも30分以上はかかる。東尾高校がある市と隣り合った町だが、数年前に合併するまでは、同じ市ではなかった。


 途中、慎太が購入している小説の新刊が出るというので、二人は本屋に寄った。

 目的のものを購入し、再び自転車に乗る前に、ふと思い出したように慎太が話し始めた。


「そう言えばさ、最近不思議な夢を見るんだ」

「ふーん、どんな夢?」

「ボクたちの通った中学校の裏手にある堤防沿いの道から始まるんだけど、何だか誰かに呼ばれている気がしてそっちに歩いていくと、不思議な火の玉みたいのが二つ浮かんでいるんだ」

「なにそれ?」

 洸が首を傾げた


「本物を見たことあるわけじゃないけど、イメージとしてはいわゆる人魂みたいな感じで、でも、何故か分かんないけど、それが二つで一個のもんだってのは分かるんだ」

「どういうこと?」

「その後に、テレパシーみたいな感じで、そいつと言葉も発さずに意思疎通をするんだけど、その時に、相手には意思が一つしかないんだ。人魂のようなものだと仮定すると、その火の玉それぞれが別の魂だと思うじゃない? でもそいつは違うんだ。ピアスみたいに、二個で一つみたいで、一つの意思しかないんだよ。……ピアスというよりは、両手、両足かな? 自分は一人でも手や足は二つあるでしょ?」

「へ~、分かったような分からんようなだけど、それ怖くないの?」

「それが、怖くないんだよね~。それで、何か相手の感情が伝わってくるんだけど、何というか、何かに悩んでいるみたいで、苦しんでいるみたいなんだ。ボクも相手の事情が分かんないから、辛いねえって聞きながら、傍にいることくらいしかできないんだけどね。怖さなんかよりも、むしろボクも何となく居心地がいいんだよね、隣にいるだけでも」


 ここまで話して、慎太も我ながらよく分からん話をしているなあと思っていたが、洸はそれなりに興味を持って聞いていた。


「聞きながらって言っても、言葉は発しないんだよね? てか、夢でよく分からんニコイチ火の玉くんの人生相談を受けてるってことだよね?」

「そうだね。まさにその通りだね。でもこの夢にはもう一つ不思議なところがあって……ボク、カニ怪人になっているんだよね?」

「やっべ、それ面白くない?」

「うーん、状況的にはシュールだなあ。でもボクは真面目にそのニコイチ火の玉くんの話を聞いているから、夢の中では面白いとは思わなかったけどね」

「ま、夢は夢でしょ? あ、でもそれをネタに新作を作っちゃえば?」

「うーん、カニ怪人はちょっとな。さすがにダサいし、ちょっと古臭くない?」

「ははははっ、そりゃそうかもな。でも特撮と言ったら今でもそんなの出てくんじゃね? まあいいや、そろそろ行こうぜ」

 洸が自転車のべダルに足を掛けた。

「そうだね」

 慎太も一通り話が出来て満足し、先に漕ぎ出した洸の後を追った。


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