第3話 怪獣の懐柔
地下通路の奥の方から誰かの足音が聞こえる。一歩一歩、段々音は大きくなっていく。
ミカエラからさっき聞いた話と照合すると、これは悪いニュースということになる。しかし、何か動きがない限り状況は一向に改善しない。だから、少し嬉しい気持ちもある。
「ああ、スペルクか。まさか生き残っていたとは」
黒を基調として品の高さをうかがわせる衣装を身にまとったヴィルヘルムの登場だ。ミカエラがしっかりと睨みつける。しかし、天使は主と女神にしか見えないため、勿論魔王は怯まない。
「もう一度言う。俺の臣下になれ」
「承知致しました」
膝をついて、頭を下げる。服従の意思表示だ。ヴィルヘルムはそれを鼻で笑って、牢を開ける。
「な、なんでスペルク様。そんなことしたら」
仕方がないんだ。俺は聖職魔法を使うことができないんだ。せめて君だけでも助けるために。
ミカエラにだけ分かるように申し訳なさそうな顔をする。ただひとり、自分のことを助けてくれた人へ。
「これでお前は魔王軍の一員だ。勿論俺に逆らった瞬間に身体が爆散するように呪いもかけてある。お前が鋼の意志が屈した瞬間に全て決まった。そんなに拷問が嫌だったのか」
通路にヴィルヘルムの低くて重い声が反響する。呼応するかのように両脇の松明の炎が揺らめく。
「はい、もう一度日の光を浴びたくなりまして」
「ふっ、人間らしいな。俺の部下にも人間がいるんだが、よく都市へ出ていくな。そういうものなのだろう」
「魔王城には魔王様以外誰がいるのでしょうか」
「いや、その人間以外には俺だけだが。お前達に多くの部下を殺された上、元々魔族は協調性のない奴が多いからな」
ヴィルヘルムの玉座に鎮座するさまは、ただそれだけで完結していた。細かい装飾とか、一度に視界に入れることができない広さだとか、色々と述べることはできるが、ただ一人魔王がそこにいる。それだけで、孤高さも、気高さも、威圧感も醸し出している。
「で何故お前達はそんなに俺から距離を取っているんだ」
ヴィルヘルムが怪訝な顔をする。
「そんなのヴィルヘルム様に得体の知れない低俗な種族を近づける訳にはいきませんから」
背筋は伸ばして、胸を張り、右手を頭の近くに持ってきてはきはきとルーデウスは話した。現在、唯一のヴィルヘルムの部下である彼の慇懃さはミカエラを動揺させる。
「血のこびりついた錆びた刀を片手に、髪も束ねらていない、狂った目をした指名手配のビラが王国中に貼られているから全く噂と違う」
彼は元々王へ忠誠を誓っていた優秀な剣士だったそうだ。少なからずそれも影響しているのだろう。少なくとも、彼の目にはヴィルヘルムしか映っていない。
「そいつは今や聖職魔法も使えないほどに無力だ。そこまで、警戒するにも値しない」
ルーデウスは一礼した後に、俺のことをヴィルヘルムの近くまで引きずりだす。いちいち、人間の扱いが雑に尽きる。
「それで、お前には基礎的な闇魔法を授けることにする。お前はこれから新生四天王の地位を得る。ルーデウスに次ぐ二人目の四天王だ。くれぐれも犬死にだけはするなよ」
ヴィルヘルムがにやりと不敵に笑う。魔王軍の反撃のファンファーレが鳴り響いたように鼓膜が錯覚してしまう。
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