第2話 魔王との一戦
全て順調に事が進んでいた。いや、むしろそれが敗因なのかもしれない。
これはミカエラから聞いたつい最近誕生した英雄譚を全く脚色せず、後に書き記したものである。
「よーし、いきなりぶっ放すわよ」
魔法使いのシャルロッテの掛け声と共に皆が突撃していく。スペルクは一歩引いた場所から援護していた。彼ら勇者パーティーは結成から一年経たないうちに、魔王の喉元まで迫ったほどの実力者の集まりだった。
魔王のヴィルヘルムは魔王城の庭園で花を眺めていた。そのゴツゴツとした手で優しく花を撫でて、匂いを楽しんでいる。これから奇襲されることなど微塵も警戒をしていない。
シャルロッテの放つ火球は地面を抉りながら、ヴィルヘルムに近づいていく。それでも、勇者達には背中を向けたままだった。火球は見事に着弾して土煙が上がる。
「貰ったあ」
戦士のグランドが大振りな斧で斬りかかる。ヴィルヘルムがにやりと笑う。ゆっくりと振り返って、グランドに反撃を叩き込む。的確にみぞおちを狙った攻撃で、戦士は後方へ大きく吹き飛ばされる。
大丈夫、ここまでは作戦通り。次、勇者のカナタがとどめを刺せば、
カナタは光輝な剣を邪悪な魔王に振りかざす。グランドに放った攻撃の反動で、ヴィルヘルムの反応が遅れた。
あっけなく終わった。
ここにいる誰もがそう思った。普段は用心深いスペルクだって、天使のミカエラだって例外ではない。
歴代魔王の中で最弱とも呼び声高いヴィルヘルムらしい終焉だとも思った。
金剛のカナタの剣がヴィルヘルムの身体に触れた時だった。剣は禍々しい色へと変色していく。大地にはヴィルヘルムの魔力が流れ出して、大蛇が地を這っているようにカナタのことを逃がさない。
スペルクはカナタのもとへ急いで駆け寄り、カナタを突き飛ばす。仲間全員に転移魔法をかけて、退避を試みる。次の瞬間、カナタの身体には数えきれない程の状態異常やデバフ、呪いが降りかかる。
薄れゆく意識の中で、仲間が逃げ切るところまでは意地で見届ける。近くでミカエラが叫んでいる。なんて言っているのかは分からない。
意識を失ったスペルクが次の瞬間に目を覚ましたのは牢獄だった。
「起きましたか、スペルク様。今すぐ逃げましょう」
身体の拘束、魔法を封じるべく施された仕組み。それらを確認してスペルクは希望を失った。それでも、僧侶として、体の震えを隠して虚勢を張る。
「ミカエラ、今すぐここから逃げるんだ。このままじゃ君の身も危ない」
聖職魔法は女神を信仰する者のみが使える魔法である。その信仰心で女神の力の一部を借りることで効果を発揮する。そして、女神から更に認められた者のみに女神の遣いとして天使が送られる。天使は僧侶の利用できる力の上限を解放し、サポートをすることが役割だった。
「これ以上悪のみちみちた場所にいては女神様とのリンクも途切れてしまう。今君がすべきなのは女神様のもとへ戻って、状況を報告することだ」
「いえ、私はスペルク様に最期までついていきます」
しかし、これじゃあ魔王の邪気に魅せられて堕天してしまう。そうしたらもう二度元には戻れない。
「あの、勇者も良い仲間を持ったものだな。俺にもあれほど有能な部下が欲しいものだ。なあ、スペルク」
ヴィルヘルムは乱暴に魔物の肉を投げ入れる。聖典には魔物肉を食すことを禁じていることを知っての判断だろう。
「誰がお前なんかに従うか」
「ならもういい。今から精神汚染魔法を使う。心まで闇に堕ちて、お前の信仰する女神にすら見捨てられる」
ヴィルヘルムの手から発生する紫色の邪悪な煙がスペルクのことを取り囲む。頭がかち割れんばかりの痛みに襲われて、涙がとめどなく流れ出た。
「ミカエラ今にでも逃げろ。このままじゃ君にも影響が及ぶ」
ミカエラの覚悟はもう決まっていた。たとえ女神の意向に背いたとしてもスペルクの望む魔族のいない世界を実現するべく、ずっとスペルクの側に居続けたい。
「いいえ、それでも」
ミカエラの声はもうスペルクには届かなかった。
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