第15話
雲ひとつ無い青空から差し込む陽の光で、窓際の机が眩しいくらいに輝く早朝の教室。
ただ1人を除いて、クラスメイトの姿は、まだない。
「おはよう。
「おはよう。そういう
既に僕の席につき、ラノベを読んでいた音谷が、軽く右手を振る。
僕も、軽く手を振りかえすと、音谷の席についた。
うん。少しだけど、違和感が減った気がする。
「昨日の夜は、どうだった? 姉さんとか、大丈夫だった?」
「うん。特に何も。今日は、
「あいつら」
「そっちは?」
「うん。僕の方も、何も。けど、あの大豪邸に1人だと、ちょっと静かすぎるね」
「そうか? いつも、あんなものだぞ?」
「え? いつも? 親がいても?」
音谷は、頷くと、何がおかしいの? と言わんばかりの顔で、首を傾げた。
「音谷の親って、あんまり喋らないとか?」
「そんなことはない。私と違って、2人はよく喋る」
「なのに、あんなに静かなの?」
「部屋にいれば、あんなものだろ?」
あ、そうか。音谷の家は広いから、リビングとか、他の部屋の音は、聞こえてこないんだ。やっぱりすごいな。
うちだったら、テレビの音とか、母さんたちの会話とか、姉さんのバカ笑いが、普通に聞こえてくるし、なんなら、こっちの音もそれなりに聞こえちゃうもんな。
「えっとさ。音谷の両親って、いつ旅行から帰って来るの?」
「明日」
「明日か……」
「別に、そんな緊張しなくても大丈夫。角丸の家族と大差ない。私は、家でもそんなに喋らないから、普通にしていれば平気」
「よくわからないけど、わかった。普通ね」
音谷の普通って……どんなだ?
そう疑問に思ったが、わからないものは、考えても仕方がない。とにかく、余計なことを、言わないようにしていればいいってことだよな。
「それは、そうと角丸。宿題はやってきたか?」
「ふふん」
音谷よ。今回は、忘れなかったぞ!
「じゃじゃーん!」
「おお! や、やるじゃないか」
「まぁね。僕もやる時はやる男だ。いや、女だ!」
「今そこは、言い直さなくてもいいだろ。誰もいないんだから」
「はい。すみません。そういう音谷は……やってるよね」
「当然」
「ですよね」
そうこうしているうちに、1人、2人と、クラスの連中が教室に入ってくる。
僕たちは、口での会話を止め、
さっそく、僕の携帯電話が、メッセージの着信を告げる。相手はもちろん、音谷だ。
――昼休み、理科室へ集合。昨日、話し会えなかった学校での過ごし方を話し合いたい――
――了解!――
「音谷さん! 角丸くん! おはよ!」
「
「……お、おはよう」
教室に入ってくるなり、僕と音谷に、右手を振る美馬さん。左手には、なぜか、チョコチップマフィンを持っている。
朝ごはん、間に合わなかったのかな?
僕が挨拶を返すと、音谷がワンテンポ遅れで、挨拶を返した。
「昨日は、チーズケーキ美味しかったね!」
「うん。美味しかった」
「……お、美味しかった」
「あの、美馬さん。お腹は、大丈夫?」
「え? 大丈夫だよ? 何で?」
「昨日、ケーキ、たくさん食べてたから、大丈夫かな? って」
「ぜんぜん大丈夫。晩ごはんも、ちゃんと食べたしね」
5個もケーキ食べたのに、晩ごはんも食べれたの? マジ、美馬さんのお腹ってどうなってるんだ? もしかして、大食いさんに多いという胃下垂ってやつなのか?
「で、2人は、今日も昼休み、理科室の掃除するの? するなら私、手伝うよ?」
って、美馬さん言ってるけど、どうする音谷?
僕が、返答に困り、アイコンタクトを送ると、音谷は、小さく頷いた。
「き、今日はしないから、大丈夫。それに、昼休み、部長が来る予定」
「そうなんだ。部長さん来るなら、私は、お邪魔だね。また人手が必要だったら、いつでも声かけて!」
「あ、ありがとう」
美馬さんは、天使のような笑顔で、僕たちに手を振り、席につくと、パクッとマフィンにかじりついた。
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
何事もなく、無事に午前の授業を終えた僕と音谷は、バラバラに教室を出て、時間差で理科室に集合する。
「角丸、誰にもつけられてなかったな?」
「大丈夫。美馬さんは、クラスのみんなと、お弁当食べてたし、何回か後ろを振り向いたけど、誰もいなかった」
「それなら、よし。今回は、ドアの鍵も閉めたから誰も入ってこられない」
「完璧だね」
「うん。では、私たちもお昼にしよう。話し合いはそれからだ」
「だね。腹が減っては戦はできぬ。だもんね」
「それは、大袈裟」
僕たちは、笑い合うと、それぞれに弁当を広げ、昼食を食べ始めた。
しばらくお互いに、黙々と箸をすすめる。
ガチャリ。
「ん? 音谷。今、何か、音しなかった?」
「気のせいだろ。いいから早く食べろ」
ガラ……ガラガラ。
やっぱり気のせいなんかじゃない!
見れば、鍵をかけていたはずのドアが、ゆっくりと開きはじめている。
「音谷! ほら見て! ドアが!」
「あー」
「あーって、鍵、閉めたんだよね?」
「閉めたが?」
「じゃあ、何で開いてんの?」
「部長だよ」
「部長?」
そういえば、朝にそんな事言ってたな。美馬さんをまくためのウソだと思ってたけど、本当の話だったんだ。
「お邪魔しまっス!」
黒髪のサラサラロングヘヤーを揺らしながら、理科室に入ってきた、細身でスラッとしたスタイルの女生徒が、モデルウォークで、こちらへ向かってくる。
「萌さま、ご機嫌麗しゅう」
も、萌さま?!
「あ、えっと……」
音谷! どうしよう?!
「
「ん? ……男子?」
桜花部長と呼ばれた女生徒が、低めのトーンで呟き、目を細め、音谷を覗き込む。
「そうか。貴殿が、
何か、急に雰囲気が変わったぞ? 部屋に入ってきた時は、もっと、こう、キャピッとしてて、その清楚な見た目と、ずいぶんギャップがある人だなって思ったけど、今は、見た目そのまんまだ。
「はい。音谷さんから化学部をご紹介頂き、この度、入部を希望する、角丸碧人です」
え? 何それ。いつの間に僕、入部希望とかいう話になってたんだ? まぁ、美馬さんの件で、建前上、化学部の部員ってことにはなってるけど、まさか本当に入部させられるのか?
「うん。話は、音谷くんから聞いている。では、さっそくだが、ここにサインを」
あ、それ本当に入部届だね。
そして、音谷よ。僕の了承なく、サラッと名前、書いたね。
「ありがとう。手続きは完了だ。これで、角丸殿は、晴れて化学部の一員となった。今後ともよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
「そうそう。順番が前後して申し訳ない。自己紹介が遅れたが、私が、この化学部の部長である3年の
「もちろんです!」
「ほぉ。これは、頼もしい返事だ。では、私は、生徒会に用があるから、これで失礼するよ」
桜花部長は、サラサラロングヘヤーをひるがえし、モデルウォークでドアに向かい立ち止まると、くるりと振り向く。
「あーそうそう。萌さま。理科室は、来週早々には、使えるようになるらしいッス! なのでぇ、部活再開、楽しみにしてるっス!」
桜花部長は、右目の前に、右手でピースサインを作り、えへっと軽く舌を出してみせると、理科室を出て行った。
「ねぇ、音谷。桜花部長って、二重人格なの?」
「そう見えただろうけど、違う。さっきのギャルっぽい方が、桜花部長の本当の姿で、私の前でしか見せない。清楚な方は、それを隠すために演じている仮の姿」
「えぇ⁉︎ そうなの? でも、なんで音谷の前だけなの? しかも、今回は、僕も一緒にいたのに」
「詳しいことは、私にもわからない。角丸が、一緒だったのに見せたことも。だけど、前にちらっと桜花部長が、私には心を許せるって、ここは、校内で唯一のオアシスなんだって言ってくれたことがある」
「そっか。だから音谷の前では、素の姿を見せられるんだね。でも、普段は、何でキャラ作ってるんだろ?」
「それは、生徒会長としての威厳を保つためだって。本人の口から聞いたことがあるから、間違いない」
「そ、そうなんだ」
「キャラ作りにあたって、桜花部長、いや、桜花生徒会長には、私しか知らない秘密がある。角丸だから言うが、他の誰にも言うなよ」
か、生徒会長の秘密⁉︎
僕は、頷きながら、ごくりと唾を飲んだ。
「生徒会長は……」
「……生徒会長は?」
「無類のお菓子好き! しかも甘党! 会長は、本当は、お菓子大好きなのに、大嫌いなふりをしたり、甘党なのに、辛党って言ったり……生徒会長としての威厳を保つため、必死に我慢をしてるんだ!」
「……」
えっと、桜花部長の生徒会長像が、なんかものすごく偏ってる気がする。
「か、会長やるのも、いろいろ大変なんだね」
「そうだな。並大抵の努力では、到底務まらない激務だと思う」
確かに生徒会の仕事は大変だと思うし、生徒会長ともなれば、それもひとしお。でも、桜花部長の場合、なんかちょっと違う気がしてならないのは、僕だけだろうか?
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