第14話

「……前島まえじまくん」

「え? 前島? あ、ほんとだ。あいつ、まさか! おとちゃんをつけてきたんじゃ! ちっと、懲らしめてくるわ」


 そう言うと大鷲おおわしさんは、勢いよく店を飛び出していった。

 しばらくして、戻ってきた大鷲さんの後ろには、前島の姿。


「ほら。座りなよ」

「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ!」

「うっせーわ。今からそれを、確かめるんだろ?」

「どしたの?」


 美馬みまさんが、チーズタルトをパクリと口に放り込み、首を傾げる。

 ん? あれ? その紫色のソースは、ブルーベリーだよね?

 ってことは、そのチーズタルトは……テーブルを見ると、大鷲さんの食べかけブルーベリーチーズタルトは、ちゃんと皿に乗っている。

 え? 美馬さん、まさかの2個目⁉︎ ……いや、違う。あれは、3個目だ。

 よく見ると、美馬さんの前には、既に空いた皿が2枚重なっていた。


「前島のやつ、たまたま店の前通ったら、うちらが見えたって言うんだけどさ。信じられる?」

「本当だって。信じてくれよ」

「いや、うちは、信じない。だって、不自然じゃん」

「いや、だから、これだよ」


 前島は、リュックから、バスケットシューズの片方を取り出すと、僕たちに見せてきた。


「お前! 店の中で、そんなもん出すな!」

「わかってるよ。すぐしまうから、俺の話を聞いてくれ」


 前島は、右手に持ったシューズの紐を、左手で指差し言う。

 

「これが、練習中に切れたんだよ。だから新しいやつを、オレスポに買いに行くつもりだったんだ」

「オレスポって? んーやっぱり1番人気は、ダテじゃないねぇ」


 ひと口大に切ったベイクドチーズケーキを、口に放り込んだ美馬さんが、頬に右手を当て、うっとりする。

 え? それ、いつ頼んだの? 見れば、美馬さんの前に置かれた皿が1枚増えている。

 もはや、マジックショーにしか見えない美馬さんの食べっぷりに、僕は思わず小さく拍手をした。


「ほのちゃん。オレスポは、駅前のショッピングモールにあるオレンジスポーツのことだよ」

「あーそれなら、知ってる! そこって、うちの学校の運動部が、みんな行ってるとこだよね?」

「そうそう。ここら辺で、1番広くて品揃えいいからね。ほのちゃんも、今度一緒に行ってみる?」

「行きたい! あーでも、私、買うものないかも」

「買わなくてもいいんだよ。見るだけでも楽しいから」

「そだね!」


 美馬さんは、残りのベイクドチーズケーキを、一気に口に入れると、満面の笑みを浮かべ目をつむった。


「てか前島。オレスポ行くのはわかったけど、なんで、ここを通るのさ。どう考えても遠回りだろ? やっぱりお前……」

「いやいや。オレスポ行くなら、断然、駅前通った方が早い。モールの正面口からだと、エスカレーターがオレスポの入り口の反対になるだろ? それより、この先のモールと駅を繋いでる通路からモールに入れば、オレスポは目の前だぜ?」

「まじで? 知らなかったわ」

「だろ? モールの後ろに駅があるから、案外みんな知らないんだよ。これで、わかったろ? 俺がここを通ったわけが」

「わかった。けどさ、体育の時は、なんなの?」

「は? なんで、急に体育? 俺の投げたボールが、角丸かくまるの顔面に当たっちまった話か?」


 さっきから、前島の話を、なぜか食い入るように聞いていた音谷が、鼻を押さえた。


「ごめんな。角丸。まだ、痛むか?」

「……少し。でも、大丈夫」


 音谷よ。なぜ、そんなにもじもじする? 顔も少し赤い気がするが? 気のせいか?


「カッくんの話もだけど、それより、あんた。声かけたうちを無視して、ずっと音ちゃん見てたでしょ?」

「バレたか」

「バレバレだよ」

「いや、だってよ。気づちまったんだから、仕方なくねぇか?」

「何を?」


 大鷲さんが、首を大きく傾ける。

 すると、前島は、スッと席を立ち、僕の後ろに立った。


「音谷さん、ちょっとごめんね」


 そう言うと、前島は、僕からメガネを外し、目隠れ前髪を上げた。


「「⁈ ……か、可愛い――‼︎」」

「うぇ⁉︎」


 クラス2大美少女、眩しすぎる!

 美馬さんと、大鷲さんの顔が、同時に目の前に迫ってきたものだから、僕は思わずたじろいでしまった。


「音谷さん、可愛い――‼︎」

「やばっ‼︎ 音ちゃん、めっちゃ可愛いじゃん!」

「だろ? こんなん見るなって方が、おかしいだろ?」

「こら! ちゃっかり正当化するな。そこは授業中なんだから、ガン見しちゃいかんでしょうよ」

「まぁな」

「それに、前島。お前さ、ほのちゃんのこと」


 大鷲さんの言葉に、目を泳がせ、冷や汗をかく前島。


「あー! あー! 大鷲さん? 何を言ってるのかな?」

「何って。だから、ほのちゃんのこと」

「だー!」

「はーん。そういうことか。この浮気者め」

「な、何のことかな? 言ってる意味がわかりませんが? そ、そうだ大鷲。好きなケーキ1つ、おごってやるよ」

「ふーん。まぁいいや。おごってくれるっていうなら、遠慮なく」

「えーいいなぁ」

「美馬さんもよかったら」

「え⁉︎ いいの?」


 眼をキラキラと輝かせ喜ぶ美馬さん。

 けど、それ頼んだら、5個目になるけど……本当に大丈夫なの?

 僕の心配をよそに、美馬さんは、フルーツたっぷり乗せチーズタルトを注文した。


「音谷さん。音谷さんも好きなの頼んでよ。角丸もな。ワビと言っちゃなんだけど、おごらせてくれ」


 だって。音谷は何にする?


「ぼ、僕は、いらない。もう、お腹いっぱいだから。気持ちだけ、受け取っておく」

「そうか? 遠慮しなくていいんだぜ?」

「遠慮はしてない。本当に、お腹、いっぱい」

「そうか。わかった」

「わ、私も大丈夫」

「音谷さんまで? ほんと遠慮はいらないよ?」


 首を横に振った僕を見て、前島は、ポリポリと後ろ頭をかいた。


「そっか。なら仕方ないね」


 どことなく寂しげな前島が、右手で左手をポンっと打つ。


「そうだ、角丸。俺、1つお前に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「な、なに?」


 神妙しんみょう面持おももちで、音谷に迫る前島。

 それまで、二ヘラ笑いをしていた音谷も、流石に真顔になった。


「なんで、お前。この3人、いや、この3大美少女と一緒にいるんだ?」

「へ? それは……」

「それは、角丸くんが科学部だからだよ」


 言葉に詰まった音谷へ、手を差し伸べるかのように、美馬さんが会話に割って入る。


「え? 科学部?」

「そう。音谷さんと角丸くんは、科学部なんだよ。今日ね、昼休みに2人と理科室の掃除をしたの。その時に、カフェ行こって誘ったの。だから、角丸くんも一緒なんだよ」

「なるほどね。そういうことか。でも、なんで美馬さんが、わざわざ理科室の掃除を手伝ったりしたの?」

「へ? そ、それは……なんていうか。話しの流れってやつかな?」

「ふーん。そうなんだ」

「そうなんだよ」

「前島、そういうのはさ、深く追求するもんじゃないよ?」


 おお! 大鷲さん、なんかわからないけど、ナイスフォロー!


「そうなの?」

「そうだよ。ほら、前島もせっかくだし、何か注文しなよ」

「そうだな。せっかくだし、俺もなんか食べよっかな?」

「いいね! それなら1番人気のベイクドチーズケーキだよ。あ、でも、このストロベリーソースのかかったタルトもおすすめだし、ブルーベリーソースも捨てがたい。なんなら……」


 ケーキの話になった途端、美馬さんは、水を得た魚のように、前島に向かって、前のめりで、おすすめのレクチャーをはじめた。

 あれやこれやと、美馬さんの説明は続いたが、結局話は一周回って、看板メニューのベイクドチーズケーキに落ち着いた。


「お待たせいたしました。当店自慢のベイクドチーズケーキでございます」

「おお! すげー美味そう。それじゃ、いただきます……うっま! これ、めちゃくちゃ美味いよ。いままで食べた中で、ダントツに美味い」

「へほ! ほほのひーふへーひ、めっひゃおいひいんはほ」


 は? なんて? 美馬さん、とりあえず口の中、終わらせてから喋ろうか。

 美馬さんって、実はこういうキャラだったんだなと、僕は、あらためて、自分の中の美馬さん像を塗り替えた。


「ハハハ。美馬さん、ほっぺたリスみたいになってるよ! んでもって、何言ってたか、ぜんぜんわかんなかった」


 ゴクン。美馬さんは、ケーキを飲み込むと、もう一度言う。


「でしょ! ここのチーズケーキ、めっちゃ美味しいんだよ」


 なるほど。そう言ってたのか。


「そう言えば前島、そろそろ県大の予選、始まるんでしょ?」

「ああ。来週の日曜が、1回戦だね」

「相手は?」

桜高」さくらこう

「桜高か。あそこは、うちらと同じくらいの強さ?」

「だね。でも、たぶん大丈夫だよ。先輩たちも、俺ら2年も結構調子いいからさ。逆に桜高は、エースの三浦みうらがケガで出られないらしいからさ」

「そっか。相手のエース、ケガしてんだ……」

「……大鷲、なんか、ごめん」

「ううん。気にしないで! うちこそ、ごめん! 変な空気にさせちゃったね。そっか、それなら大丈夫だね! 前島がいるし、心配ないね!」

「お、おうよ! それじゃさ、俺、そろそろ行くわ。これ、ケーキ代」


 前島は、テーブルにサッと5千円札を1枚置くと、爽やかな笑顔で手を振り、ひと足先に店を出て行った。

 やっぱり、イケメンのすることは違うね。僕じゃ、こんなこと出来やしない。


「そんじゃ、うちらも、ぼちぼち解散にする?」

「そだね」


 僕たちは、店を出るとその場で解散し、それぞれの帰路についた。

 僕と音谷は、昼間の、美馬さんの一件を警戒し、わざと別々の方向へと進み、美馬さんと大鷲さんの姿が見えなくなってから、再び合流した。


「音谷、今日はどうする?」

「どうするって、今日はさすがに、それぞれの家に帰るしかないだろ」

「じゃあ、僕は、音谷の家に帰るってこと?」

「当たり前だ」

「……音谷はそれで、大丈夫なのか?」

「大丈夫かと言われたら、ちょっと心配だけど、昨日で角丸家のことは、何となくわかったから、後はやるしかない。私の両親は、まだ帰って来ないから、角丸の方は何も心配ない」

「そっか。わかった」

「それじゃ、また明日。学校で」

「うん。また明日」


 手を振り合い、お互い背を向ける。


「おい! 角丸!」


 たった今別れたばかりだというのに、音谷が何やら慌てた様子で戻ってきた。


「どうしたの? 何か忘れものでもあった?」

「違う。忘れものじゃない。お前、宿題、ちゃんとやってこい!」

「あ!」

「……もう、忘れてたのか」


 そうだった。忘れてた。昨日は、僕の分の宿題は、音谷がきっちりやってくれてたけど、僕は、姉とのやり取りで、すっかり忘れていたんだった。

 普段から、ちゃんとしている音谷のおかげで、先生からは、音谷が宿題を忘れるなんて、珍しいなと笑って許してくれたわけだが、さすがにあれは、申し訳なく思った。


「今回は、ちゃんと忘れずにやります!」

「……当たり前だ」


 終始、心配そうな顔をしていた音谷だったが、半ば諦めに近いため息をつくと、小さく手を振り、角丸家に向けて歩きはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る