第16話
風のように去っていった
思えば、部長と
「
「えっとさ、その前に、いいかな?」
「……何?」
「なんで、入部の事、前もって言ってくれなかったの?」
「そ、それは……」
音谷は、僕から目を逸らすと、気まずそうに指をこねくり回す。
「……に、逃げられたら、困る、と思ったから」
「逃げる? 僕が?」
音谷は、少し目に涙を浮かべながら、こくりと頷いた。
「そりゃまぁ、僕が、化学部の部員だっていうのは、
「やっぱり」
「けど、ちゃんと話してくれたら、考えなくもなかったんだが?」
「……それは……悪かった」
「とはいえ、それだけ、音谷を強引にさせたってことは、何かワケがあるんだろ?」
僕の問いに、深く頷く音谷。
「じ、実は……化学部、部員、足りて無い」
「え? そうだったの?」
「今は、会長が部長だから、なんとか存続できてるけど、本当なら、最低3人いないと、ダメ」
「マジか。で、今は何人いるの?」
「2人。部長と私だけ」
「……なるほど。だからか」
音谷は、小さく頷くと、深呼吸をし、静かに語りはじめた。
「最近私、ここでお菓子作るの、すごく楽しい。作ったお菓子、部長が食べてくれて、毎回美味しいって言ってくれる。ど、動機は不純だったけど、美馬さんやクラスのみんなに配ったら、喜んでくれた。私、こんなだから、友達いなくて……けど、お菓子作れば、みんなと繋がってられる。だから、ここが無くなったら、私の居場所、無くなる。また、1人になる。そんなの、いまさら……だから……だから」
「うん。わかったよ。音谷」
うつむいていた音谷が、顔をあげる。
その目には、今にもこぼれ落ちそうなほど、涙が溢れていた。
「大丈夫。音谷は、1人じゃない。だって僕はもう、化学部の部員だから」
「……角丸」
「それに、僕たちは、ある意味一心同体だろ?」
「そ、そうだな」
「これで、ひとまず部員は、3人になったわけだから、廃部にはならないだろ?」
「……」
どうした? もっと喜ぶと思ってたのに、うかない顔して。
「……じゅ、10月まではな」
「え? 10月までって、どういうこと?」
「
欅祭。何気に
去年も、各クラスの展示凝ってたし、ミス・ミスター欅コンテストとか、クラス対抗の劇とか、賑わってたもんな。
「あ、そうか! うちの学校、文化部は、文化祭終わったら、3年生引退するんだっけ。部長が引退したら、僕と音谷の2人だけになってしまう」
「そ、そういうことだ。だから、最低あと1人、なんとかしないといけない。角丸。お前、誰かいないか?」
「僕に、そんな友達がいるとでも?」
「そう、だな」
「そういう、音谷は……ごめん」
「あ、謝るな! 余計惨めになる」
「「………………」」
友達のいない僕たちにとって、あと1人部員を確保するということが、どれだけ難しいことか。考えただけで、互いに言葉を失う。考えただけで……あ!
「ど、どうした? まさか、誰か思い当たるやつでも?」
「うん。そのまさかだよ」
脳をフル回転させ、ありとあらゆる引き出しを開けまくった結果、ある人物にたどりついた僕は、とんでもない奇策を思いついてしまったのだ。
「いいか音谷。驚くなよ」
ゴクリと、音谷が固唾を飲む。
「美馬さんだよ」
「み、美馬さん⁉︎ か、角丸、お前。血迷ったか? それとも、ふざけてるのか?」
「まてまて。僕は、血迷ってもないし、ふざけてもない。大真面目だ。まぁ聞いてくれ」
「……聞こうじゃないか」
僕は、理科室の教卓の前に立つと、黒板に思いついた限りを書き出す。
「音谷さんは、誰もが認める学園カースト上位の人気者だ。それは、音谷にもわかるよな?」
「あ、当たり前だ! バカにするな! いくら私だって、そのくらいはわかる」
「だよな。それじゃ、美馬さんの好きな物は、わかるか?」
「……わからない。そういう角丸は、知ってるのか?」
「知ってる」
「なに⁈ この際、そんなことを、なぜ、角丸が知っているのかは置いておく。それで? 美馬さんは、何が好きなんだ?」
「食べ物だよ」
「あー」
音谷は、至極納得した様子で、大きくゆっくりと頷いた。
「実はこれ。ここ最近で、気がついた事なんだ。美馬さんって、見た目からは、考えられないくらい、よく食べるし、見れば大抵何か食べてる」
「言われてみれば、たしかにそうだな」
「だからさ、食べ物をチラつかせたら、うっかり入部してくれるかもしれないって思ったんだ」
「角丸、それはさすがに安易じゃないか?」
「まぁね。けどさ、やってみる価値はあると思わない? どう?」
「そ、そうだな。宝くじと一緒だな」
「そう! 宝くじも買わなきゃ当たらない。だから、美馬さんもやってみなくちゃわからない!」
「や、やるって、お前。表現の仕方が、ちょっとアレだな」
「……」
いやいや。その言葉、そっくりそのまま音谷に、お返しします。
「なら、来週以降に決行だな」
「来週? 今週じゃなくて? そんなに待ってもいいの?」
「部長が引退するまで、まだ時間はある。理科室が使えるようになってからでも遅くない」
そういえば、桜花部長が、来週には
「でも、なんで、理科室が使えるようになってからなの?」
「なんでって。部活ができるからに決まってるだろ?」
「部活ができるからなんなのさ」
「角丸、お前というやつは。どこまで鈍感なんだ」
深いため息をつく音谷。
僕は、そんな音谷の態度に、ちょっとムッとした。
「鈍感って……」
「角丸。この間、入れ替わりが起きた日、私がお前にあげたもの、覚えてるか?」
「アメだろ? それくらいちゃんと覚えてるよ」
「なら、そのアメは、どこで作った?」
「えっと、それは、化学部の部活で……あ! そうか!」
「ふん。やっと、気づいたか」
音谷のやつめ。そんなまわりくどく言わなくたっていいのに。
「つまり、理科室が使えるようになったら、美馬さんを攻略するためのお菓子を部活で作る! だろ?」
「ふふ。大正解だ。そこで作ったお菓子を、角丸、お前が美馬さんにあげて、部活に勧誘する」
「うぇ⁈ それ、僕がやるの?」
「当たり前だ。お前は、私なんだぞ? 化学部副部長の音谷、なんだぞ? 勧誘するのも、お菓子をあげるのも、お前がするのが、自然だろ?」
「……そうだった。わかったよ。僕がやるよ」
「んふふ。楽しくなってきたな。何を作るかは、週末買い出しするとして、そこで考えよう」
音谷は、僕が黒板に書き出した計画や相関図を携帯電話で、写メすると、くるりと振り向きいう。
「角丸。美馬さん部活勧誘大作戦はひとまず置いておくとして、いい加減、学校での過ごし方を考えないか?」
あ、この計画、そんなコードネームがついたのね。でも、なんか、ネーミングセンスが……いや、僕も人のこと言えないくらいヤバいから、うん。これでよし!
それよりも、なんだっけ? そうそう、学校での過ごし方だったよな。
それを話し合うために、理科室に忍び込んだのに、美馬さんの一件で、バタバタして、ちゃんと話し合えてなかったんだよな。とはいえ、なんだかんだで、上手く乗り切ってるし、今更話し合うほどのこともないんじゃないか?
「あのさ、音谷」
「今度は、なんだ?」
「僕ら、それなりに、上手くやれてるんじゃないかと思うんだけど」
「……たしかに」
「だったらさ、ガチガチにルール決めするよりも、自然にっていうか、このまま流れに身を任せるのも、有りなんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
「……たしかに」
「何かあれば、ほら。
「……たしかに」
たしかに、たしかにって。音谷よ。本当にそう思ってる?
「わかった。深く考えるのは、もうやめよう。角丸の言うように、時の流れに身を任せるとしよう。つまりは、お互い、自由に行動しよう!」
「え? なんで、そうなるの?」
「いやなのか?」
「いやって、ワケじゃないけど、自由すぎるのは、ちょっとリスキーなんじゃ?」
「心配しすぎだ。それに、角丸が言ったんだぞ? 上手くやれてるって」
「それは、そうなんだけど……まぁ、でもいいか。やっぱり、自然体の方が、きっと、この先も上手くいく気がするし」
「だろ? おっと角丸。そろそろ教室に戻ろう。休み時間が終わってしまう」
「うん」
理科室を出て、音谷が、ドアに鍵をかけている間、何気なく視線を移した階段に、人影のようなものが見えたのは、僕の気のせいだろうか?
僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。 玄ノロク(くろのろく) @kurono-roku
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