第16話

 風のように去っていった桜花おうか部長。時間にしたら、たぶん、5分もなかったと思う。

 思えば、部長と音谷おとやのペースに終始押されっぱなしで、ただただ見ている事しかできなかった自分に、今更ながら気づく。


角丸かくまるの入部手続きも、無事済んだことだし、本題の学校での過ごし方について話し合おう」

「えっとさ、その前に、いいかな?」

「……何?」

「なんで、入部の事、前もって言ってくれなかったの?」

「そ、それは……」


 音谷は、僕から目を逸らすと、気まずそうに指をこねくり回す。


「……に、逃げられたら、困る、と思ったから」

「逃げる? 僕が?」


 音谷は、少し目に涙を浮かべながら、こくりと頷いた。


「そりゃまぁ、僕が、化学部の部員だっていうのは、美馬みまさんをしのぐための、一時的なウソだと思ってたし、実際に入るなんて、考えてなかった」

「やっぱり」

「けど、ちゃんと話してくれたら、考えなくもなかったんだが?」

「……それは……悪かった」

「とはいえ、それだけ、音谷を強引にさせたってことは、何かワケがあるんだろ?」


 僕の問いに、深く頷く音谷。


「じ、実は……化学部、部員、足りて無い」

「え? そうだったの?」

「今は、会長が部長だから、なんとか存続できてるけど、本当なら、最低3人いないと、ダメ」

「マジか。で、今は何人いるの?」

「2人。部長と私だけ」

「……なるほど。だからか」


 音谷は、小さく頷くと、深呼吸をし、静かに語りはじめた。


「最近私、ここでお菓子作るの、すごく楽しい。作ったお菓子、部長が食べてくれて、毎回美味しいって言ってくれる。ど、動機は不純だったけど、美馬さんやクラスのみんなに配ったら、喜んでくれた。私、こんなだから、友達いなくて……けど、お菓子作れば、みんなと繋がってられる。だから、ここが無くなったら、私の居場所、無くなる。また、1人になる。そんなの、いまさら……だから……だから」

「うん。わかったよ。音谷」


 うつむいていた音谷が、顔をあげる。

 その目には、今にもこぼれ落ちそうなほど、涙が溢れていた。


「大丈夫。音谷は、1人じゃない。だって僕はもう、化学部の部員だから」

「……角丸」

「それに、僕たちは、ある意味一心同体だろ?」

「そ、そうだな」

「これで、ひとまず部員は、3人になったわけだから、廃部にはならないだろ?」

「……」


 どうした? もっと喜ぶと思ってたのに、うかない顔して。


「……じゅ、10月まではな」

「え? 10月までって、どういうこと?」

欅祭けやきさい、終わったら、3年生、引退する」


 欅祭。何気に武蔵野欅高校うちは、文化系の部活が多いから、毎年文化祭は、かなり盛り上がるんだよな。

 去年も、各クラスの展示凝ってたし、ミス・ミスター欅コンテストとか、クラス対抗の劇とか、賑わってたもんな。


「あ、そうか! うちの学校、文化部は、文化祭終わったら、3年生引退するんだっけ。部長が引退したら、僕と音谷の2人だけになってしまう」

「そ、そういうことだ。だから、最低あと1人、なんとかしないといけない。角丸。お前、誰かいないか?」

「僕に、そんな友達がいるとでも?」

「そう、だな」

「そういう、音谷は……ごめん」

「あ、謝るな! 余計惨めになる」

「「………………」」


 友達のいない僕たちにとって、あと1人部員を確保するということが、どれだけ難しいことか。考えただけで、互いに言葉を失う。考えただけで……あ!


「ど、どうした? まさか、誰か思い当たるやつでも?」

「うん。そのまさかだよ」


 脳をフル回転させ、ありとあらゆる引き出しを開けまくった結果、ある人物にたどりついた僕は、とんでもない奇策を思いついてしまったのだ。


「いいか音谷。驚くなよ」


 ゴクリと、音谷が固唾を飲む。


「美馬さんだよ」

「み、美馬さん⁉︎ か、角丸、お前。血迷ったか? それとも、ふざけてるのか?」

「まてまて。僕は、血迷ってもないし、ふざけてもない。大真面目だ。まぁ聞いてくれ」

「……聞こうじゃないか」


 僕は、理科室の教卓の前に立つと、黒板に思いついた限りを書き出す。


「音谷さんは、誰もが認める学園カースト上位の人気者だ。それは、音谷にもわかるよな?」

「あ、当たり前だ! バカにするな! いくら私だって、そのくらいはわかる」

「だよな。それじゃ、美馬さんの好きな物は、わかるか?」

「……わからない。そういう角丸は、知ってるのか?」

「知ってる」

「なに⁈ この際、そんなことを、なぜ、角丸が知っているのかは置いておく。それで? 美馬さんは、何が好きなんだ?」

「食べ物だよ」

「あー」


 音谷は、至極納得した様子で、大きくゆっくりと頷いた。


「実はこれ。ここ最近で、気がついた事なんだ。美馬さんって、見た目からは、考えられないくらい、よく食べるし、見れば大抵何か食べてる」

「言われてみれば、たしかにそうだな」

「だからさ、食べ物をチラつかせたら、うっかり入部してくれるかもしれないって思ったんだ」

「角丸、それはさすがに安易じゃないか?」

「まぁね。けどさ、やってみる価値はあると思わない? どう?」

「そ、そうだな。宝くじと一緒だな」

「そう! 宝くじも買わなきゃ当たらない。だから、美馬さんもやってみなくちゃわからない!」

「や、やるって、お前。表現の仕方が、ちょっとアレだな」

「……」


 いやいや。その言葉、そっくりそのまま音谷に、お返しします。


「なら、来週以降に決行だな」

「来週? 今週じゃなくて? そんなに待ってもいいの?」

「部長が引退するまで、まだ時間はある。理科室が使えるようになってからでも遅くない」


 そういえば、桜花部長が、来週には理科室ここ、使えるようになるって言ってたっけ。


「でも、なんで、理科室が使えるようになってからなの?」

「なんでって。部活ができるからに決まってるだろ?」

「部活ができるからなんなのさ」

「角丸、お前というやつは。どこまで鈍感なんだ」


 深いため息をつく音谷。

 僕は、そんな音谷の態度に、ちょっとムッとした。


「鈍感って……」

「角丸。この間、入れ替わりが起きた日、私がお前にあげたもの、覚えてるか?」

「アメだろ? それくらいちゃんと覚えてるよ」

「なら、そのアメは、どこで作った?」

「えっと、それは、化学部の部活で……あ! そうか!」

「ふん。やっと、気づいたか」


 音谷のやつめ。そんなまわりくどく言わなくたっていいのに。


「つまり、理科室が使えるようになったら、美馬さんを攻略するためのお菓子を部活で作る! だろ?」

「ふふ。大正解だ。そこで作ったお菓子を、角丸、お前が美馬さんにあげて、部活に勧誘する」

「うぇ⁈ それ、僕がやるの?」

「当たり前だ。お前は、私なんだぞ? 化学部副部長の音谷、なんだぞ? 勧誘するのも、お菓子をあげるのも、お前がするのが、自然だろ?」

「……そうだった。わかったよ。僕がやるよ」

「んふふ。楽しくなってきたな。何を作るかは、週末買い出しするとして、そこで考えよう」


 音谷は、僕が黒板に書き出した計画や相関図を携帯電話で、写メすると、くるりと振り向きいう。

 

「角丸。美馬さん部活勧誘大作戦はひとまず置いておくとして、いい加減、学校での過ごし方を考えないか?」


 あ、この計画、そんなコードネームがついたのね。でも、なんか、ネーミングセンスが……いや、僕も人のこと言えないくらいヤバいから、うん。これでよし!

 それよりも、なんだっけ? そうそう、学校での過ごし方だったよな。

 それを話し合うために、理科室に忍び込んだのに、美馬さんの一件で、バタバタして、ちゃんと話し合えてなかったんだよな。とはいえ、なんだかんだで、上手く乗り切ってるし、今更話し合うほどのこともないんじゃないか?


「あのさ、音谷」

「今度は、なんだ?」

「僕ら、それなりに、上手くやれてるんじゃないかと思うんだけど」

「……たしかに」

「だったらさ、ガチガチにルール決めするよりも、自然にっていうか、このまま流れに身を任せるのも、有りなんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」

「……たしかに」

「何かあれば、ほら。RUINルインがあるじゃない? これで、やり取りすれば大概何とかなるんじゃないかと思うんだけど?」

「……たしかに」


 たしかに、たしかにって。音谷よ。本当にそう思ってる?


「わかった。深く考えるのは、もうやめよう。角丸の言うように、時の流れに身を任せるとしよう。つまりは、お互い、自由に行動しよう!」

「え? なんで、そうなるの?」

「いやなのか?」

「いやって、ワケじゃないけど、自由すぎるのは、ちょっとリスキーなんじゃ?」

「心配しすぎだ。それに、角丸が言ったんだぞ? 上手くやれてるって」

「それは、そうなんだけど……まぁ、でもいいか。やっぱり、自然体の方が、きっと、この先も上手くいく気がするし」

「だろ? おっと角丸。そろそろ教室に戻ろう。休み時間が終わってしまう」

「うん」


 理科室を出て、音谷が、ドアに鍵をかけている間、何気なく視線を移した階段に、人影のようなものが見えたのは、僕の気のせいだろうか?

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僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。 玄ノロク(くろのろく) @kurono-roku

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