第12話

「へい! パス!」

「パ、パス!」


 ふわりと大きなを描きながらも、僕の投げたバスケットボールは、なんとか大鷲おおわしさんの手に渡った。

 大鷲さんは、1人、2人と迫るディフェンスを難なくかわし、ぴょんと飛び跳ねシュートを放つ。

 ボールは、僕の投げた軌道とは比べ物にならないほど、綺麗きれいな弧を描き、まるで、吸い寄せられるかのように、ゴールに入っていった。


「「「ナイッシュー!」」」


 チームメイトから、一斉に歓声が上がる。


音谷おとやちゃん、ナイスパス!」

「あ、ありがとう。大鷲さんも、ナイスシュート」

「へへ。ありがと」


 大鷲さんのシュートが決まり、僕たちの試合は終了。

 次のメンバーと交代し、コートわきで、応援にまわる。

 ちなみに、今日の体育は、男子も隣りのコートでバスケの授業をしているから、向こう側からも、こちら側からも、いろいろな視線と応援が飛び交っている。

 それにしても、まじまじと見る女子の体育、実に新鮮だ。決して不埒ふらちな目で見ているわけじゃないぞ。純粋に授業の一環として、クラスメイトの応援をしているのだ。うん。そうだ。

 それと、もう一つ。女子が一緒というだけで、みょうな盛り上がりをみせている男子たちの姿を、客観的な視点で見られるのも、実に面白い。


「音谷ちゃん、なかなかスジいいね」

「え? そ、そう?」

「うん。ちゃんと練習すれば、すぐ上手くなると思うよ」

「あ、ありがとう。でも、大鷲さんの方が、ずっと上手」

「へへ。まぁね。うちは、小学生の頃から、やってたからね」

 

 大鷲さんは、バスケが上手い。

 彼女は、元女バスのエースで、その実力は、1年生の入部したてから、レギュラー入りしていたほどだ。

 でも、今は帰宅部。新人戦で運悪く負ってしまった足のケガが原因で、辞めざるを得なかった。

 というのが、僕の知る情報の全てだ。


「あや、さすがだったね。でも、大丈夫なの? 足」

「うん。部活みたくガッツリは無理だけど、体育くらいなら平気」


 クラスの女友達の1人が、心配そうに声をかけると、右足をぷらぷらと揺らしてみせる大鷲さん。笑ってはいるものの、どこか寂しさを感じたのは、僕だけだろうか。


「「「「ワァ――‼︎」」」」

 

 隣のコートで、男女入り混じった歓声が上がる。

 見れば、前島まえじまが、華麗な3スリーポイントを決めたところだった。


「やっぱ、前島のやつ。うめーな」


 僕の隣りに並ぶ大鷲さんが、呟くように言った。


「ま、前島くんって、男バスだよね?」

「そうだよ。あいつ、期待のルーキーなんだ」

「そ、そうなんだ」


 爽やかで、イケメンで、男バスのルーキーだなんて、前島はもう、完全に主人公クラス、もしくは、ヒロインの彼氏役の立ち位置だな。


「あいつの凄いとこはさ、バスケ始めたのが、高校ここに入ってからなんだよ。うちなんか、小学生のミニバスからやってて、ようやくって感じだったのに……天性てんせいの才能があるヤツって、やっぱいんだな」


「「「ナイッシュー‼︎」」」

「おお! またスリー! 前島ー! ナイッシュー!」


 僕と大鷲さんが見ていることに気づいた前島が、グーサインを向けてくる。

 すかさずグーサインを返した大鷲さんに遅れて、僕もグーサインを返した。

 でも、何だろう。この違和感は。

 がらにもない、グーサインなんかしたから? いや、違う。

 この違和感は、僕自身に、というよりも、他に原因があるように思える。

 いったい、何がそうさせているのか。あれこれ考えをめぐらせていると、1つの答えに辿り着いた。


 ……たぶんコレだ。前島の視線だ。


 さっきの3ポイントを決めた時、前島に声をかけたのは大鷲さんだ。普通だったら、声をかけて来た相手を見るはずなのに、前島は、ずっと僕にその視線を向けていた。なんなら、今も、白い歯をキラッと輝かせ、微笑みかけている。

 ゾクッと背中に、冷たいものを感じた僕は、気づかないふりをして、女子のコートに視線を戻した。


「なんか前島のやつ。ずっと、音谷ちゃんのこと見てなかった?」


 大鷲さん、鋭い! さすがは元エース。相手の視線を読むことくらい、朝飯前って感じだね!


「う、うん。なんか、そんな気した」

「でしょ! さっきだって、倉庫で、音谷ちゃん押し倒してたじゃん?」

「あ、あれは」

「まぁね。本人も、音谷ちゃんも、わざとじゃないって言ってたけどさ。さっきの前島のガン見からして、うちは、ちょっとだけ、あいつが偶然ぐうぜんよそおったんじゃないかって、思っちゃうな」

「うぇ⁉︎」

「ごめん。ごめん。なんか、おどかしたみたいになっちゃったね。でもさ、音谷ちゃん。あいつも男だからさ、一応気をつけなよ」

「う、うん。ありがとう。気をつける」


「「「ワァァァ‼︎」」」


 またしても、男子のコートで、声が上がった。

 また、前島がシュートを決めたか? と、そう思ったが、耳に届く声は、歓声というより悲鳴に近い、いや、女子の声にいたっては、完全に悲鳴だ。


「ちょっ! ヤバくない⁉︎」


 大鷲さんの慌てた声に、僕も振り向き、男子コートを見ると、そこには、既に人の輪が出来ていた。

 輪に駆け寄り、人をかき分けていく大鷲さんの後について、僕も輪の中に入って行く。


角丸かくまる! 大丈夫か⁈」

「う……うう……い、痛い」


 輪の中心には、鼻血をたらす音谷と、音谷に寄り添う前島の姿があった。


「うっわー。血出てんじゃん。痛そー。前島、何があったん?」

「ああ。角丸にパスだしたら、顔面に直撃しちまって」

「ほらーお前ら、道を開けろー! 角丸、大丈夫か? 体育委員! 角丸を保健室まで連れてってやれ」


 僕は、高宮たかみや先生に言われた通り、前島と一緒に、音谷の腕を抱えると、保健室まで運んだ。


「失礼しまーす!」

「あら、前島くんじゃない。ん? 音谷さんも一緒? 珍しい組み合わせね。で、どうしたの?」

宝城ほうじょう先生、すみません。角丸の顔面に、俺のパスが当たっちゃって」

「あらら。鼻血出てるじゃない。すぐ処置するから、そこに座らせてあげて」


 僕と前島は、音谷を丸イスに座らせると、黙って処置が終わるまで待った。


「はい。これで、大丈夫」

「あ、ありがとうございました」


 処置を終えた音谷は、僕と前島の方を向くと、力無い笑顔を浮かべた。


「宝城先生、角丸の鼻、大丈夫でしょうか?」

「ふふ。心配ないわ。骨には異常無さそうだし、血もすぐ止まると思うわ。でも、もう少し様子は見た方がいいから、このままベッドで休んでもらうわね。だから、2人は、授業に戻っていいわよ」

「いえ。俺、もう少してます。ダメですか?」

「わ、私も」

「うふふ。2人とも、友達想いね。いいわよ。先生あっちにいるから、何かあったら呼んで」


 宝城先生は、薬品棚に向かうと、中身の整理を始めた。


「角丸、本当に大丈夫か? ごめんな。俺のパスが強すぎたせいで」

「ま、前島くんの、せいじゃない。ぼ、僕の運動神経が鈍いから、取れなかっただけ」


 音谷よ。それは、その通りだ。体が入れ替わってなかったとしても、結果は同じ。ルーキー前島の豪速球パスを取れるわけがない。


「角丸くん。大丈夫?」

「だ、大丈夫。音谷さんも、ありがとう。運んでくれて」

「角丸、何か必要なことあったら、遠慮なく言ってくれ」

「の、喉渇いた」

「おお! わかった! 何か飲みもん買って来てやる! 何がいい?」

「水で、いい……」


 ん? 音谷、何? その目配せ。え? 僕? 僕が行けってこと? よくわかんないけど、わかったよ。行けばいいんだろ?

 

「あ、私が行く」

「え? 音谷さんが? いいよ。俺が行くって」

「ううん。角丸くんに何かあっても、私じゃ、動かしたり出来ないから」

「そ、そっか。わかった。それじゃ、お願い」

「うん。ちょっと行ってくるね」


 ったく。音谷のやつ。なんで、僕に、わざわざ行かせたりしたんだ? わけわからんよ。ほんと。

 僕は、ぶつぶつと独り言を言いながら、自販機へと向かうと、七甲の美味しい水を買った。


 その頃、保健室では、ベッド横のイスに座った前島が、音谷の顔を覗き込んでいた。


「あー、こりゃ鼻はぜったい、左目の周りも、アザになっちまうかもな。ほんと、ごめんな」

「い、いいって。本当に、大丈夫だから……角丸の体だし」

「ん? 最後よく聞こえなかった」

「べ、別に。何も言ってない」

「そっか。俺の空耳か。にしても角丸。ケガさせた俺が言うのもなんだけどよ。お前、もう少し、運動した方が良いと思うぞ。なんなら、俺が付き合ってやるからさ」

「つ、付き合う⁉︎」

「あぁ。まぁ、部活ない時とかになるけどさ」

「……つ、付き合う。前島くんと……むふふ」

「ど、どうした? 大丈夫か? まさか、ボールが当たった衝撃が、今になって⁉︎」


 ガバッ!


「⁈ か、角丸⁈ お前、なんで、抱きついてんだ?」

「……う……うう」

「どうした? 頭でも痛いのか?」

「あ、頭は、痛くない」


「うぇっ⁈ な、何してる⁈」


 僕の声に驚いた2人が、慌てて離れる。

 戻ってきて早々、なんてシーンを見せられてるんだ僕は。


「……んふ」


 音谷よ。なんで、ニヤニヤしながら、顔を赤らめてるんだ?


「ちょうど良かった。音谷さん、角丸にその水を。この顔の赤さ、もしかしたら、軽い脱水かもしれない。俺、先生呼んでくる」

「あ、うん。角丸くん、水」

「あ、ありがとう」


 音谷は、ペットボトルを開けると、ごくごくと一気に、半分くらいを飲み干した。


「はぁ――美味しい。あれ? 前島くんは?」

「お前が、脱水かもって心配して、先生呼びに行った」

「そ、そっか……残念」

「残念?」

「ううん。なんでもない。なんでもない」


 こいつ、本当に大丈夫か? 僕の頭、実はおかしくなってるんじゃないか?


「角丸くん、大丈夫? ちょっと目、見せてね」


 前島と一緒に戻ってきた宝城先生が、音谷の瞳にペンライトを当てる。


「うん。大丈夫そうね。前島くんの言うように、ちょっと脱水だったかもしれないわね。本当は、電解質の飲み物がよかったけど、とりあえず、水は飲めたみたいだから、あとはゆっくり休んで」


 僕と前島は、その後、授業に戻り、音谷は帰りのホームルームの時には、教室に戻ってこられた。

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