第10話
僕が、教室に着いた時には既に、音谷は、僕の席に着き、何食わぬ顔で読書に勤しんでいた。
さすが音谷だ。
ん? ちょっと待て。ブックカバーもつけずに、堂々と読んでいるそれ、僕の部屋にあったラノベじゃないか?
ちゃんと確かめたいが、ここでガン見するのは危険だ。
僕は、偶然を装い音谷の横を通ると、手にしているラノベのタイトルをチラ見する。
『お兄様は、わたしの素敵な妹』
だぁー。やっぱりそれ、僕の机に置いてあった、『にいすて』の新刊じゃないか! 買ったばかりで、まだ1ページも読んでないのに!
僕は、すれ違いざまに、
くそ! 音谷め。覚えてろよ! 内心で、悪態をついてはみたものの、実際は、何も出来ないことがわかっているだけに、なんとも歯がゆい。
ひとまず、ネタばれだけは、しないでもらうよう後で釘を刺しておこう。
「みんな、席につけー! おはよう! 先生な、朝から、いい事があったんだ。何があったか……聞きたい人! ん? どうした? 聞きたいだろ? 聞きたいよなぁ?」
いつものだる絡み的なノリで教室に入ってきた
「シブっちゃん。いい事って、何があったのよ?」
ほとんどの生徒がスルーする中、ギャル風の生徒が1名、面白半分で手をあげた。
あれはたしか……
ちなみに僕は、ちょっと苦手なんだ。大鷲とはしゃべったことないから、勝手なイメージだけど、ギャルって、なんか怖い。
「おお! 聞きたいか! よし! 聞かせてやろう。ホトトギス」
シーンという大きなテロップが右から左へ流れ、しばしの静寂が教室を包み込んだ後、何も無かったかの様に、渋江先生が話し出す。
相変わらずの強メンタルに関心させられる。
「えっとだな……えっと……なんだったっけ?」
まぁ、こうなることは、クラス全員がわかっていたことで、2学期ともなれば、誰も動じることはない。
「まぁ、なんだ。思い出したら、教えてやる。それじゃ朝のホームルームをはじめるぞ!」
僕たちが、入れ替わっていることを除いて、いつもとほぼ変わらない学校での1日が始まる。
1時間目、2時間目と、何の問題もなく時は過ぎ去っていく。
昨日、あんなに心配したのに、ちょっと拍子抜けだ。けど、これなら、余裕で入れ替わり生活ができるかもしれない。
3時間目……も、特に何も無く終わった。
無論、授業と授業の間にある短い休憩時間も、まったくもって問題なかった。
当たり前だ。僕たちは、そもそもがモブ中のモブなわけで、休み時間を共にする友達などいないし、常に背景の一部と化しているのだから、普段通り過ごしていれば、何かが起こるということはないのだ。
とはいえ、昨日はイレギュラー中のイレギュラー、ゲームで例えるなら、バグが発生したわけだから、油断は禁物だ。
そうこうしているうちに、4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、音谷から
――昼休み、理科室集合――
なるほど。理科室とは、音谷考えたな。
あそこは、音谷が所属する科学部の部室であり、今は使用禁止になっているため、人目につくリスクが低い。
僕が、了解とRUINを返すと、音谷は、こちらを見ることなく、先に教室を出ていった。
音谷が教室を出てから約5分。満を持して席を立った僕も、理科室へ向かう。
僕らの教室がある第1校舎2階の渡り廊下を抜け、第2校舎へ入り、3階へ続く階段をのぼった先の突き当たりが理科室だ。
教室や食堂、中庭に校庭に屋上、その他諸々。校舎のそこかしこに、昼休みを楽しむ生徒の姿があるのだが、ここ第2校舎3階には、人影はない。
なぜなら、この階には、クラスの教室がなく、理科室の他には、音楽室と美術室しかない。そして、理科室をはじめ、各室のドアには普段鍵がかかっているため、授業や部活がある時以外ここを訪れる者は、ほぼいない。
理科室まで来た僕が、ドアに手をかけると、ガラガラっと容易に開いた。
つまりそれは、既に誰かが中にいるということだ。
僕は、恐る恐る部屋の中を覗き込む。
「音谷、いる?」
「……角丸、こっちだ」
僕の声を聞くなり、テーブルからひょっこりと顔を出した音谷が、手招きする。
僕が、音谷の隣りのイスに座ると、音谷は僕に、パンを2個渡してきた。
「これ、お前の分」
「あ、ありがとう。それにしても、よくあの短時間で買えたね」
「ダッシュした」
「マジで? なんか、ごめん。あ、お金」
「いらない。気にするな。私が勝手にやったことだし、ここへ来るように言ったのも私だから。とにかく、食べろ。早く学校でのこと、話し合いたい」
「うん。わかった。それじゃ遠慮なく。いただきます」
「これも、やる」
「ありがとう」
音谷は、小さな紙パックのリンゴジュースをテーブルに置くと、静かにパンを食べはじめた。
「音谷、1つ聞いていい?」
「なんだ」
「どうやって、
「どうやってって。普通に鍵を開けたが?」
「え? でも、今って、ここ使用禁止だよね? それなのに鍵、貸してくれるの?」
「貸してくれないが」
「え?」
「私、鍵持ってる。科学部副部長だから」
「え⁈ 音谷、副部長だったの⁉︎」
「問題あるか?」
「いや、ない」
「といっても、科学部は、部長と私しかいないから、そうなっただけ。ほら、早く食べろ。時間なくなる」
それから、黙々と食事を進めていると、僕ではない女子の声が、静寂を破った。
「あ、やっぱり、2人一緒にいた」
僕は、声の主に、思わず腰が抜けそうになる。
「うぇ⁈ み、美馬さん⁈」
そう。目の前には、信じらないことに、あのクラスの人気者、
「私さ、今朝、見ちゃったんだよね。2人が仲良さそうに一緒に歩いてるとこ。ねぇ、2人って、やっぱり付き合ってたりするの?」
「ゔぇ⁉︎ つ、付き合ってない!」
美馬さんの発言に、音谷が、全力で首と手を振る。
「そうそう。ぼ、わ、私たちは、付き合ってないよ!」
僕も、音谷に合わせるように、力強く否定した。
「そうなの? じゃ、何でこんなところに2人っきりでいるの?」
「そ、それは……」
僕が返答に困っていると、何かのスイッチが入ったように、音谷が、じょう舌に話しはじめる。
「僕たち、科学部だから。この間、音谷さんが、うっかりアメ作りの実験に失敗して、理科室が、こんなになっちゃったから、科学部が責任もって片付けてたんだよ」
「そ、そうそう! 片付け」
「そうは見えなかったけど?」
「まずは、昼ごはん食べてから」
「あー、そうだよね。まずはお昼ご飯だよね。それにしてもさ、まさか理科室が使えなくなった理由が、音谷さんのアメ作りだったなんて、驚いちゃった」
そう言うと、美馬さんは、なぜか僕たちの向かい側に座り、手にしていたお弁当をテーブルの上にひろげた。
「え? 美馬さんもここで、ごはん食べるの?」
「うん。ごはん食べ終わったらさ、私も片付け手伝うから……って、あれ? やっぱり私、お邪魔だった?」
首を傾げる僕を見た美馬さんが、ニヤリ。
その笑みを見た音谷が右手をブンブン振り言う。
「ぜんぜん、お邪魔なんかじゃない! むしろ手伝ってほしい!」
「まかせて! てか、私、えっと、か……かく」
ん? 美馬さん、もしかして、僕の名前が出てこないのか?
ちょっと悲しいけど、ここは、僕が助け舟をだそう。
「角丸?」
「そう! 角丸くん! 私さ、角丸くんの声、初めて聞いたかも」
ぐさりと心に何かが刺さる思いと、美馬さんに、はじめて僕の声が届いた喜びが入り混じり、何とも言えない複雑な感情が僕を包み込む。
「ん? 音谷さん、どしたの? 大丈夫? 顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫」
もうしばらくしたら、立ち直るので、ちょっとだけ放っておいて下さい。
「私さ、音谷さんが、科学部なのは知ってたけど、角丸くんも科学部だったんだね」
「う、うん。っていっても、僕は、ほとんど顔出してないけど」
「あー、幽霊部員ってやつだ」
「そ、そう。それ。そういえば、美馬さんは、何部なの?」
「帰宅部だよ。1年の時、あれもこれも気になってうろうろしてたらさ、入部期間過ぎちゃって、ま、いっか帰宅部でもって、なちゃったの」
ケラケラと屈託の無い笑顔を見せる美馬さん。めっちゃ可愛くて眩しい! これが、いわゆる正ヒロインってやつなんだなと改めて認識させられる。
「でもね、寄り道して、友達とお茶したり、カラオケ行ったり、買い物したりできるから、帰宅部も楽しいよ。あ! そうだ。今日、帰りに3人でお茶しない? 駅前に新しいカフェがオープンしたんだけど、そこのチーズケーキが、めっちゃ美味しいんだって!」
僕と音谷が、驚きのあまり目を点にして、顔を見合わせていると、美馬さんが、僕と音谷の顔を交互に見て言う。
「やっぱり、私、お邪魔じゃない?」
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