第9話
「
「だから、ダメだって!」
「なんで?」
「なんでって。僕たち
「? あたしと萌ちゃんが姉弟?」
「そう! 姉弟! 信じられないかもしれないけど、僕と
「へぇ」
「へぇって……姉さん、驚かないの?」
「驚かないよ。そんなドラマやアニメみたいなこと、信じるわけないじゃん。そもそも、そんなこと、どうでもいいから。萌ちゃんは、萌ちゃんでしょ?」
「そ、そんな……」
「ふふ。かわいい。萌ちゃん。萌ちゃん」
……えちゃん……萌ちゃん!
「……んん。ダメ――!」
「ダメ? 萌ちゃん、大丈夫?」
「ヒィェッ!」
両手をクロスさせ、飛び起きた僕は、目の前に立つ姉の姿に、思わず変な声を上げてしまった。
「ずいぶんうなされてたけど、大丈夫? 怖い夢でも見た?」
「……はい」
夢に出てきた姉の、虚な瞳を思い出すと、身の毛がよだつ。
起きたばかりだというのに、疲労感が半端ない。
「あたしのせいね。病み上がりなのに、無理矢理メイクに付き合わせちゃったから、変な夢見ちゃったね。萌ちゃん、ごめんね」
「い、いえ。お姉さんのせいじゃないです」
そう。あの夢は、姉のせいなんかじゃない。あれは、僕の勝手な勘違いが、生み出したものだ。
「萌ちゃんって、優しいね。あーあ、あたし、萌ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったな」
ふん。可愛くない弟で、悪かったな。
「ま、でも、アオもあれはあれで、なかなかの弟なんだけどね。だから萌ちゃん、アオと仲良くしてやってね」
「は、はい」
姉さん……なんか、面と向かって言われると、恥ずかしいな。僕もまぁ、悪い姉だとは思ってないけど。
「そうだ、萌ちゃん。朝ごはんの前に、顔洗ってくる?」
「はい」
「おっけー。終わったらリビング来てね」
姉が部屋を出ていった直後、僕は急いで制服に着替え、メガネをかけると、脱衣所の鏡に音谷を映し出した。
「あー。夢のせいかな。なんか、目の下にクマができてる気がする」
僕は、手早く顔を洗うと、リビングへ向かう。
そういえば、音谷は、もう起きてるのかな?
リビングに入ると、そこには、僕が見間違えるほど自然に、僕としてパンをかじる音谷の姿があった。
「おはよう。音谷さん」
「お、おはよう。
音谷のあの顔、明らかに作り笑顔だな。
これは、あれだな。きっと僕が、起きるのが遅かったから、ちょっと怒ってるな。
チラ見した時計が、既に7時20分をさしていたから、間違いないと思う。
「萌さん、おはよう。体調はどう?」
「お母さん。おはようございます。はい。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「あら、お姉ちゃん、
「よかったね。お母さん。ちなみに、あたしもお姉さんって呼んでもらってるよ! あたしも妹ができたみたいで、嬉しいの!」
2人して、ぴょんぴょん飛び跳ね、きゃっきゃ、うふふする母と姉。角丸家は、今日も朝から平和です。
「それはそうと、気にしなくていいのよ。元気になってよかったわ。萌さんも、パンと目玉焼きでいい?」
「はい」
母は、鼻歌混じりでキッチンに戻ると、トースターに6枚切りの食パンを1枚放り込み、続けてフライパンでベーコンと卵を焼きはじめた。
席についた僕は、音谷に小さくごめんとジェスチャーを送る。
すると、音谷はふんっと
「そうだ、お姉ちゃん。今日は、大学休みなの?」
「ううん。あるよ。今日は2限目からだから」
「そうなのね。バイトは?」
「あるよ。たぶん今日、バイト終わったら、友達とごはん食べ行くと思うから、あたし、晩ごはんいらない」
「はーい」
母と姉の会話がひと段落したその時、タイミングよく、チンっとトースターのタイマーが鳴り、焼きあがったトーストと、ベーコンの香ばしい香りが、僕の鼻をくすぐった。
「はい。お待たせしました」
「ありがとうございます。いただきます」
「どうぞー」
僕が、朝食を食べはじめた頃には、音谷は既に食べ終え、テレビから流れるニュースを眺めていた。
音谷を、これ以上待たせるわけにはいかないと思った僕は、急いでパンと目玉焼きを口に押し込む。
すると、そんな僕の姿が目に入った音谷が、テレビから僕に視線を移し言う。
「音谷さん。そんなに慌てなくても大丈夫。まだ時間あるから」
音谷は、少しばかり不機嫌そうな顔で、テーブルの上に置かれた箱ティッシュを1枚取ると、僕の前に差し出し、口元に視線を送ってきた。
察した僕は、慌てて口の周りを拭き上げると、案の定、ティッシュには、パンや目玉焼きのカスがついていた。
ごめん! 音谷はたぶん、こんな口の周りを汚すような食べ方はしないってことだよね?
ジト目で僕を睨む音谷に、精いっぱい懺悔の視線を送ってみたが、見事に玉砕。
音谷は、席を立つと、すれ違いざまに、玄関で待ってると言い残し、リビングを出て行った。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はーい」
急ぐなと言われても、この状況、急ぐしかないだろ。
僕は、早々に食事を終わらせると、支度を整え、玄関で待つ音谷に合流。
玄関に並んで立った僕たちは、顔を見合わせると、リビングにいる母と姉に向かって、行ってきますの言葉をかけ、玄関のドアをくぐり抜けた。
「……」
「あ、あの、音谷?」
「……」
エレベーターへの道中、いくら話しかけても、完全無視をきめていた音谷が、エレベーターに乗った瞬間、
「角丸。お前、よくも寝坊してくれたな。こっちは、きっちり起きて、リビングいったのに、お前、いないし。メモは、朝の対処法書いてなかったし。大変だったんだぞ?」
「それは悪かったよ。ごめん。反省してます。それで、僕がリビングに行くまでの間に、何があった?」
「話しかけられた」
「母さんに? 何んて?」
「おはよう。碧人、可愛いお友達が出来て良かったわねって、言われた」
「え? それだけ?」
「そ、それだけとは何だ! 可愛いなんて、い、言われた事ないから、それに、私、可愛くないから」
あ、なるほどね。単純に音谷自身として、可愛いって言葉に反応してしまったわけね。
「そうかな。可愛いと思うけど?」
「ゔぇ⁉︎」
「あぁ、いや、これは、その、えっと……あ、あとは? 何か、言われた?」
音谷は、僕と目を合わさず、もじもじとしながら言う。
「……朝ごはんは、パンと目玉焼きでいいかって聞かれた」
「あとは?」
「……ない」
「……そうか。それは、たしかに大変だったね。ごめん」
ここは、あえて反論せず、音谷に寄り添う返答を選択。
さっきの
しばらくの沈黙を経て、僕らだけを乗せたエレベーターは、1階へ到着。
その後も、順調に事は進み、学校の近くまでノートラブルで到着。
「角丸。ここからは、離れて歩こう」
「だね。うちの生徒もちらほら見えてきたしね」
「うん。教室についたら、連絡する」
「連絡? なにを?」
「学校で、どう過ごすか、ぜんぜんすり合わせしてないだろ?」
「そういえば」
「あと、座る席、間違えるなよ」
「おっと、言われなかったら、間違いなくいつもの席につくとこだった」
「そうだろ?」
頷く僕を見て、ニヤリと笑う音谷。
「それじゃ、また後で」
「うん。また後で」
そう言うと、小さく手を振り、小走りで学校へと向かっていく音谷。
僕は、そんな音谷の後ろ姿を、ゆっくり歩きながら見送った。
まさか2人でいるところを、あの人に見られていたとは知らずに。
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