第2話
窓から差し込む強い日差しが遠退き、教室の半分を影が覆う放課後の2年3組。
「「…………」」
ひとまず、落ち着つくために、教室へ戻ってきた僕たちは、互いに、自分の席に着いたはいいが、陰キャ2人に、小粋な話題を繰り出すスキルは無く、かれこれ15分は、だんまりを決め込んでいた。
そんな、沈黙を破ったのは、意外にも音谷さんの方だった。
「お、おい。私が、そこに座ってるの、なんか、落ち着かないから、か、替われ」
「う、うん。そうだね」
僕は、音谷さんの席へ。
音谷さんは、僕の席へと座り直した。
うん。これは、新感覚だ。なんだか、妙に落ち着く。
頭では、座り慣れていない場所だと、違和感を感じているのに、その席が、体の持ち主の場所であるという感覚が、違和感を押しのけ、なんとも言えない安心感を与えてくれる。
体が覚えてるってやつなのかな?
そんな曖昧な気分に浸っているのは、どうやら僕だけじゃないようだ。
音谷さんを見ると、先ほどまでのソワソワ感はなく、右手で頬杖をつき、こちらを見てニヤニヤしている。
ちょっと待て。あの顔、ヤバくないか?
まるで僕が、いやらしい目で、音谷さんを見ているかのような絵面に、我ながら引く。
「私が、座ってる。むふふ……面白いな」
「え? あ、うん。新感覚だよね。でもさ、音谷さん。僕で、その顔したり、その喋り方するのやめない? 僕の陰キャ度が、ものすごく増す気がするんだけど」
「し、失礼なやつだな。お前は、陰キャ中の陰キャなんだから、だ、誰もお前のこと、気にしてない」
「ゔっ……」
図星。
図星なんだけど、さすがに今のは、僕もカチンときたぞ。
「そんなこと言ったら、音谷さんだって、同じだろ?」
「わかってる! わ、わかってる……そもそも、お前なんかと、入れ替わるつもりなんて、なかった!」
声を張り上げた音谷さんに、僕は、思わずたじろいだ。
そうだよ。僕は、何を少し浮ついていたんだ。考えればすぐにわかることじゃないか。
これは……事故だ。
僕が読んだラノベでいえば、これは、主人公とヒロインの間に起こるイベントだ。
音谷さんには悪いけど、僕らは当然、主人公やヒロインでもなければ、サブキャラでもない。紛れもなく、モブ中のモブだ。
本来なら、こんなモブ同士が入れ替わる事なんて、あり得ない。
完全なる事故なんだ。
「……ごめん」
僕が、沈んだ声で謝ると、音谷さんは、ハッとした表情を浮かべ、うつむき、まるでスカートを掴むかのように、両手でスラックスを握りしめた。
「わ、私こそ、大きな声出して、ごめん……わ、私。自分が陰キャで、コミュ症なの、わかってる。だから、私は、私を、変えたくて……」
語尾を濁し、うつむいたまま、小さく震える音谷さん。
しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと顔をあげた音谷さんが、再び口を開く。
「……だ、だから、あのアメを、作った」
「うん。何となくわかるよ。音谷さんは、美馬さんと仲良くなって、自分を変えようと思ったんだよね。だから、アメを作って、それを渡して、話をするきっかけを作った。そういうことだよね?」
「それは、そうなんだけど……ちょ、ちょっと違う……私は、美馬さんに、なってみたかった」
ん? それを言うなら、美馬さん『みたいに』なってみたかった、だよな?
「そうか。音谷さんは、美馬さん
「だから、違う。
「えっと、それは……どういうこと?」
困惑する僕に、音谷さんが、驚くべきカミングアウトをはじめる。
「あのアメ、ただのアメじゃない。入れ替わりの、アメ」
「⁉︎ い、入れ替わり⁉︎」
音谷さんは、頷くと、話を続ける。
「さ、最初は、美馬さんと、友達になりたいと思って。でも、美馬さんを見ているうちに、だんだん美馬さんみたいになりたい、美馬さんになったらどうなるんだろう? って、思いはじめて。気づいたら、体を入れ替えるための薬、作りはじめてた。この間あげたチョコにも入れた」
「あー、なんかクラスのみんなに配ったっていうやつね」
「うん。でも薬を入れたのは、美馬さんのだけ。みんなには、ただのチョコあげた。結果は失敗だった。だから、さらに実験続けて、新しい薬を作った。それで、あのアメに入れた」
僕は、若干嫌味っぽく言ってみせたわけだが、音谷さんに、悪びれる様子はなかった。
クラスのみんなに配ったのは、美馬さんに受け取ってもらう為のカモフラージュだったわけだから、美馬さん以外、誰に配ったかなんて、覚えていないのだろう。
「で、でも! 本当に出来るなんて……思ってなかった」
「だよね。僕もそう思うよ。こんな非現実的な事が、本当に起こるなんて、信じられない。けど、実際、こうして入れ替わってるわけだし。もう、これは、揺るぎない事実なわけで。音谷さんにとって、意図しない結果にはなってしまってるけど……でもコレ、とんでもなく凄いことだよ! 冗談抜きで、ノーベル賞ものなんじゃないかな?」
「ノ、ノーベル賞⁉︎ そ、そんなに⁉︎」
僕が、深く頷くと、音谷さんの目がキラキラと輝き出し、それまでの落ち込むような暗い顔が、一気に明るくなった。
「わ、私。とんでもないモノ、作り出してしまったかもしれない。んふふ」
僕は、ゆっくりとした拍手をしながら、音谷さんに歩み寄ると、右手を差し出した。
「な、なんだ⁈」
「音谷さん。世紀の大発明、おめでとう!」
音谷さんは、しばらくキョトンとしていたが、フンっと鼻息荒く、左の口角を力強く上げると、僕の差し出した右手をガシッと握った。
「あ、ありがとう。んふふ」
がっちりと固い握手を交わした僕たちは、手を離すと、元のテンションに戻り、互いに向き合うよう席についた。
「で、音谷さん。これから、どうする?」
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