第18話 お庭の番人はかく語りき【前編】
目が覚めたらセレスタの顔が目の前にあった。
「ホタルさん、落ち着く! わかった? わかりましたよね!」
迫ってくる顔は笑っているのに目だけが笑ってない。怖いよぉ。セレスタの言葉に私はブンブンと首を縦に振ってうなずく。
「じいちゃんもわかった? 落ち着いてね!」
ちっちゃいおじいちゃんも同じようにブンブン首を縦に振っている。
この子、怒ると何するかわからないところあるよね。恐ろしいわ。
「よろしい。じゃあ、まずは自己紹介を。ここは年下のホタルさんからどうぞ」
私たちの態度に満足したのか、今度こそ笑顔でセレスタはそう言った。
「あっ。ホタルです。マダムの宝飾店で修業しながら、アクセサリーの修理もさせてもらっています。この町に来て日が浅いのでわらかないことも多くて、失礼をはたらいてしまったようで、申し訳ありませんでした」
セレスタに促された私はちっちゃいおじいちゃんに頭を下げる。
どうやら何かやらかしてしまったことだけは想像がついたので、とりあえず謝る。だって、小石とは言え、ぶつかったところは血がにじむくらいには痛かったのに、そのことをセレスタが怒らなかったから。
短い付き合いだけれど、セレスタは理不尽な暴力に甘んじるタイプではない。相手が誰であろうとね。それで、今のこの状態ということは、多分、私にも何かしらの非があったのだろう。
「……! 我は領主様のお庭の番人じゃ。小娘……いや、ホタルと言ったか。本当に我を知らないのか? それにアクセサリーの修理じゃと? お主、ただの宝飾師ではないのか?」
頭を下げた私にびっくりしたのか、ちっちゃいおじいちゃんの態度が少しだけ軟化したみたい。少なくともいきなり小石を飛ばされることはなさそう。
私は何度目かわからないアクセサリーの修理の話と、今回ここに来た理由、ランのイヤリングの件を話した。
「なるほど、アクセサリーの修理とは面白いことを。まだ修行を始めたばかりとはいえ、我を知らぬとは見かけによらず苦労したんじゃな」
「魔鉱石も知らなかったし、ホタルさん、実は大変だったんだね。言ってくれれば。って、そんな簡単には言えないよね。ごめん」
なんか、すごい同情されているっぽい。えっ? どういうこと?
あきらかに誤解されてそうだけれど、どう誤解を解けばいいのかもわからんぞ。
「あの、お聞きしてもいいですか?」
とりあえず目先の問題から解決しようと思って、おずおずと目の前の存在に声をかける。
「なんじゃ? なんでも聞くがよい」
どうやら可哀想な子認定されたようだ。ちっちゃいおじいちゃんがなんだか優しい。
「あの、私、自分が何をしてしまったかわらかないんです。教えていただけますか? それと、あの、なんとお呼びすればいいですか? 本当に申し訳ないのですが、貴方のような小さめ? な方を初めて拝見するので」
失礼にならないように言葉を選んで話す。また小石が飛んできたらたまったものじゃない。
「噓でしょ? ホタルさん、ノームだけじゃなくて精霊自体を見たことないの?」
ちっちゃいおじいちゃんより先にセレスタが驚きの声をあげる。その言葉に私もびっくりして、目の前の存在をまじまじと見つめてしまった。
「精霊? ってあの物語にでてくるアレ? 嘘でしょ?」
なるほど、言われてみれば物語にでてくる森の精霊ノームのイメージそのままだ。小人ではなく精霊だったのか。ってその2つの違いが何か全くわからないけれど。
ということは、他の精霊もいたりするの?
サラマンダーとかウンディーネとか? おぉ、まさにファンタジー。一度お会いしてみたいかも。
なんて暢気に考えていたら、セレスタが驚愕の顔で私を見ていた。
「噓でしょ? は、こっちのセリフだよ。話でしか精霊を知らないってどういうこと? 本当に精霊が全くいなかったの? えっ? ホタルさん、あなたの生まれた土地ってまさか」
「これ、セレスタ殿。やめなさい」
セレスタの言葉をそっと遮り、おじいちゃんが話し始めた。
「我はセレスタ殿の言うとおり精霊、正しくは森の精霊ノームじゃ。精霊の加護が全くない土地も僅かではあるが確かに存在する。生まれる土地を選ぶことはできんし、生まれた土地で人の貴賤は決まらん。ホタルが気に病むことも恥じることもないんじゃよ」
「そうだね。ごめん。ホタルさん、僕はもちろん、マダムたちもそんなこと気にしないからね」
「えっと、ありがとうございます」
思わずお礼を言ってしまったけれど、私、なんかすごく不幸な身の上だと思われてない?
これ早く誤解を解いた方がいいような気がするんだけれど。
「我のことはどう呼んでもらっても構わんよ。ただ、この辺りを管轄するノームは我一人じゃ。ゆえにノームと呼ぶ者が多いな」
「僕はじいちゃんだけどね」
「そんな風に呼ぶのはセレスタ殿だけじゃ。それと、ホタル、お前がしでかしてしまったことじゃが」
この後、ノームさんが教えてくれたことは、これまで以上にファンタジーな内容だった。
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