第4話 睡眠×朝食×占い

「どうぞ。出がらしですが案外いけますよ。熱いので少し冷ましてくださいね」

「……はい。あつっ!」

「ふふ、だからいったでしょう」


 俺は魔王のうちに来ていた。

 それも討伐ではなく、歓迎されて。

 部屋はなんというか驚くほど小さい。一部屋しかなく、ベッドのようなものが置いてあり、ここで生活しているという。

 エヴァの住む魔王城はとにかくデカかった。数千人の部下が住めるくらいだ。

 なのに今はここがが魔王城だとはにわかに信じられない。


「どうぞ。クッションを使ってください」

「はい」


 それに随分と温和になったな。

 一体何があったのか詳しく聞く必要がある。


 というか――。


「この出がらしという飲み物、うまいな……」

「でしょう。お菓子もどうぞ」

「ありがとう。ん、サクサクで美味しいなこれ!? なんていうんだ!?」

「美味い棒といいます。これ一つたったの10円ですよ」

「10円? それはいくらだ?」

「オルトプラス価格だと1エヌーですね」

「なんだと……この美味さでか」


 どうやら食に関してはオルトプラスは完敗らしい。

 しかしエヴァやつ色々と詳しいな。三年もいれば当たり前なのか? それにしても別人みたいになってやがる。


 いや油断するな。いつひょう変するのかわからない。

 俺はクロト。勇者クロトだ。


「“魔王”俺の仲間はどうした」

「ウルトス、リーファ、エルルにはラインをしたので、また連絡が来ると思いますよ」

「……ライン?」

「はい、ラインです」

 

 さっぱりわからん。新たな魔法を習得したのか?


「わからないことばかりだと思いますが、大事なことをまずお伝えしましょう」

「何だ」

「勇者クロト、あなたはこの世界で魔法は使えません。そして、私もです」

「はっ、何を言うかと思えば使えない? 嘘をつくな。さっき使っていたじゃないか」

「厳密にいえばほとんど使えない、です。魔力を貯蓄するには途方もない時間がかかります。あなたを助ける為に半年分の魔力を消費しました」

「半年分? 地球にきて嘘をつけるようになったとはな」

「……ではクロト、魔法を使ってみてください」


 自信満々に出がらしをすすりながら答えるエヴァ。

 先手はくれてやる、ということか。


 なら――やってやる。


「後悔するなよ」

「どうぞ」

「――メテオラス」


 炎の最上級魔法だ。食らえば、魔王とはいえどもダメージを負うはず。


 だが――何も起きない。


「――メテオラス! メテオラス!」

「はい」

「ファイア!」

「はい」

「ファイア! ファイ!」

「二度叫んでも一緒ですよ」

「嘘だろ……」

「本当です」

「嘘だといってくれよエヴァ」

「本当なんですクロト」


 初級魔法ですら発動しない。なんという事だ。

 エヴァがことんっと出がらしをテーブルに置く。


「私は地球に逃げました。あなた達に殺されたくなかったからです。しかし驚くべき事にここは魔力がほとんどありませんでした。おそらくあなたは私がここで暴れていると思っていたでしょうも。でもそんな事はしたことがありませんし、そもそもできないです。そして残念なことに、あなたはもうオルトプラスに戻ることはできません」


 なんだと? いや、そんなわけがない。何か手段があるはずだ。

 それに――。


「俺にできなくてもエルルとリーファならできるはずだ。ウルトスは筋肉しかないのでわからないが」

「確かにウルトスは筋肉しかありません。そこは同意します。しかしエルルとリーファですら不可能だったのですよ」

「何だと!? 確かにウルトスができないのはわかる。あいつは筋肉バカだからな。でも、エルルとリーファは頭がいい。そもそも、なんでお前がそれを知ってるんだ?」


 エヴァがなんて答えるのか待っていると、ピロンと軽快な音が響いた。

 魔王が俺に謎の板を見せつけてくる。


 エルル『え、クロトがシブヤの交差点で裸になって警察に逮捕されてわいせつ物陳列罪!? 』


  エルル? これは俺の知っているエルルなのか?


「私を信じてもらえれば明日、エルルに会わせます。今日はもう遅いですし疲れたでしょう。私も魔力を使い切ってもの凄く疲れました……」


 よく見るとエヴァは、目をうとうとさせていた。頭がかくんかくんと動いて今でも意識を失いそうだ。

 かくいう俺もすさまじく眠い。

 魔力を使いすぎたときの反動だ。


 回復していく様子もない。やはり……嘘ではないのか。


「ベッドは……使ってください。私はここで寝ますから」

「……なぜそこまでする? 俺はお前の敵だぞ」

 

 何を企んでいる? 油断して眠った俺の喉元をグサリとするつもりか?


「…………」

「おい、答えろ。エヴァ。――エヴァ!」

「…………」


 こ、こいつ……寝てやがる。俺は敵だぞ。勇者だぞ。

 幸せそうに寝やがって。

 しかも俺にベッドを使えだと? どこでこいつこんな優しい言葉を覚えて――。


 そのとき、ハッとなる。


 魔族のツノには悪意がつまっていると聞いたことがある。

 今はそれがない。もしかして――。


「……さみ……しい……よ」


 するとエヴァがぼそっと呟いた。

 

 こいつの言葉が本当なら、三年。この地球にいた。

 魔法が使えない中、おそらくほとんど一人で。


「……ったく」


 俺はエヴァを抱えて、ベッドに寝かせた。

 なんで勇者が魔王に気を遣われんだよ。

 お前の家だろ。良い所で寝やがれ。


「……また明日な。魔王エヴァ


 しかしマジで眠い。


 敵の前で寝るとかありえんが、もう我慢できねえ。


 ……おやすみなさい……。



 ――――

 ――

 ―


 いい匂いがする。鼻孔をくすぐる。いい匂いだ。


 目を覚ますと、知らない天井だった。


「おはようございます。クロト」


 ふっと視線を横に戻すと、魔王エヴァが立っていた。

 いや、こいつ何か、作っている? なんだその長い前掛けは?


「少しくらい胃に入れておいたほうがいいでしょう。今日はきっと、色々と疲れるでしょうから」


 ことんっと皿をテーブルに置いていく。それからてきぱきと飲み物も。


「座ってください」

「え? は、はい」

「はい、いただきます」

「いた、だきます?」


 魔王は姿勢をただし、ピシッと手を合わせた後、二本のハシを使って食べ始める。

 見たこともない白いこんもりとした食べ物。だが、良い匂いがするな。


「毒なんて入っていませんから」

「……そんな心配はしてない」


 同じようにハシを持って口に運ぶと、おそろしいほど甘みと旨味が感じられた。

 

「なんだこれは……やけに美味いな」

「お米です。一粒も残してはいけませんよ。神様が宿っていますから」

「神? いつからそんなのを信じるようになったんだ?そ」

「日本に来てからです。おかずもどうぞ」

「はい。――う、うめえなんだこの黄色い塊!?」

「卵焼きです。栄養満点ですよ。ご飯はおかわりありますから遠慮なくいってください」


 くそ、なんだこの死ぬほど美味い食べ物は。

 卵焼き、白米、卵焼き、白米で永遠に食べられるぞ。


 すると魔王は、ぽちっと何か板を持ち上げた。


「今日の運勢を一緒に見ておきましょう。大事なことです」


 すると小さな箱から、人が――現れた。


「な、なんだこれは」

「テレビです」


『今日のラッキー言葉は想い人。昔馴染みが突然尋ねてくるかも!? もし喧嘩していたりしたら、仲直りするといいですよー!』


「よく当たるんですよね。ちなみにこのアナウンサーの佐々木さん、SNSで匂わせしていて結婚秒読みだと言われています」


 ますますよくわからない。


 だがもう一口、お米を食べると俺の頬が和らいだ。


 一つわかったことがある。


 地球って、そんな悪くないところかもしれないな。

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