田間宮の話

 そろそろか。


 アイツが来るはずだ。

 

 秘書の天野に酒を勧める。いつもは飲まない強めの酒だ。天野は遠慮したがせっかく温泉宿に泊まるのだからと適当なことを言うと、断りきれなくなったのか酒を飲み始めた。

 

 案の定、下戸の天野はすぐに酔い潰れて眠ってしまった。


 私は天野を布団に連れて行きうつ伏せに寝かせた。


 電気を暗くし、私は隣の天野の部屋に移動した。

 

 さて、あとはアイツが来るのを待つだけだ。


 お前のことだ。私を狙ってるんだろう。


 わざわざSNSで宿まで教えてやったんだ。部屋番号も分かるようにしてな。

 

 早く来いよ。

 

 暫く待つと廊下で何物かの気配がした。音を立てないよう部屋に忍び込んだ様子だ。私は聞き耳を立てた。


 ──テメェだけ助かろうなんかよ、そんな訳いくかよアホが。

 

 ──おら、なんか言ったらどうなんだよ、田間宮よ。ああ、もう声も出ねえってか。

 

 ああ、殺ったな。


 私は廊下に出て素早く非常用のベルを押すとそのまま外に向かって走り出した。


 非常ベルが旅館中に響き渡る。


 少しするとアイツが外に躍り出てきた。

 そこに黒塗りの車が到着する。

 

 ──おい古村、何してんだ、早く乗れ!

 ──た、タカギ、なんで……

 ──今そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。早く乗れ!

 

 私はそれを見届けると車に乗り込み後を追った。


 行き先の見当は着いている。ゆっくりと車を走らせた。

 

 あの場所に行く。

 昔よく三人で遊んだあの場所だ。


 皮肉なことだ。思い出が詰まったあの場所でヤツらの人生が終わるとはな。


 私は、タカギに伝えていた。


 もし私に何かあったら、アイツを、古村を助けてやってくれと。

 

 はははは。そんな訳ねえよな。タカギよ。お前のゲスさは嫌と言うほど知ってるぜ。

 

 お前は自分が助かるためなら何でもするヤツだ。私が死んだらお前のしたことも表に出る。お前は全ての罪を古村に着せるしかないんだ。

 

 もちろん古村が捕まればそれも全て明るみに出る。だったらお前がやることは一つしかねえよなぁタカギよ。

 

 私は山奥の、あの空き地に着くと少し離れた場所に車を停め、暗闇に紛れて近づいていく。


 タカギの車が見えてきた。

 

 アイツらは…いた。

 

 タカギが古村の首を絞めている。

 そうだよな。タカギ、お前ってやつは。


 古村が力尽き地面に転がった。


 私は背後から素早くタカギに近づいた。

 タカギの後ろ姿が近づく。


 何かに気を取られているようでこっちに気づく様子はない。


 私は持ってきた鉄パイプを振り上げ、一気に頭上目掛けて振り下ろした。


 「んぐっ……」

 タカギは苦痛の声を出しながら頭から倒れ込んだ。

 

 「はははは、よう、タカギ、お前殺ったんだな。ご苦労さん」


 タカギは頭から血を流し、地面に突っ伏しながらこちらを驚いた顔で見る。


 「た…田間宮……お前、死んだんじゃ…」


 「アホか。俺がこんなゴミに殺されるかよ」

 ちらりと古村に目線を送った。


 「お、お前……どう言うつもりだ……」

 目が霞んで来てるのだろう、焦点が合ってない。

 

 「ああ、分からないか?古村とお前が邪魔だったんだよ。私は議員としての将来があるんだ。お前達みたいなゴミとは違うんだ」


 「お前…やっぱりかよ。このクズ野郎が」


 「なんだよ、分かってたんじゃないか。


 ああ、お前達が下手に捕まって口を割られたら困るからな、このまま行方不明になってもらうんだよ。


 古村が殺したのは俺の秘書だよ。古村が金に困った挙句に押し入り強盗って筋書きだ。お前は逃亡に手を貸したお仲間だ」


 「そうかよ…やっぱりお前もクソ野郎だな……」

 

 タカギは一気に立ち上がり田間宮につかみ掛かってきた。


 こいつ、まだこんな力が。


 「お前、俺がこのまま死ぬと思ったか?」

 タカギが血まみれの顔を近づける。


 「クソ、お前…」


 「俺はな、結構しぶといぜ。お前には殺せねえよなあ」


 凄い力だ。田間宮はそのまま押し倒された。その勢いで手に持っていた鉄パイプが転がる。


 タカギはそのまま田間宮の顔に拳を叩きつけた。


 ガン!!ガン!!


 田間宮の鼻から顔から血が吹き出す。


 「クソ、テメェ…!」


 「ヒャハハハ!いい気味だゲス野郎」


 「テメェ、そっちがその気ならよ…」


 田間宮はバレないようにポケットを探った。

 そこには、隠し持っていたナイフがあった。


 それを素早く取り出すと、タカギの腹目掛けて突き立てた。


 鈍い感触が手に伝わった。


 「ぐぐ……がはぁっ……テメェやりやがったな…」


 「はははは、油断してんじゃねぇぞバカ野郎!

 しぶとい野郎だ、さっさと死ねよボケェ!」

 何度も腹にナイフを突き立てる。


 「オラァ!どうだクソが!」

 血飛沫が舞い田間宮の顔に降り注ぐ。


 「ギャハハハハハ!ざまあみろ馬鹿が!調子乗ってんじゃねぇぞ」


 「ゴブっ…ゔゔ…」


 タカギは苦しみながらも田間宮が落とした鉄パイプを取り上げる。


 「これで終わ…」

 田間宮がいい終わるより早く。


 タカギは鉄パイプを振り上げると同時に、思いっきり頭目掛けて打ち付けた。


 ガン!!


 鈍い音が響いた。


 「テメェも調子乗ってんじゃねえぞクソが!」


 「がはっ…だ……う……」。

 田間宮はよろけ、祠に倒れ込む。

 大きな音を立てて祠が倒壊した。


 「クソ!クソ!クソ!!殺してやる!このゴミ野郎が!」

 そのまま田間宮が倒れ込んだところを全身を滅多打ちにした。


 田間宮はもう動かなくなっていた。


 「死んだか……クソ野郎が…」

 タカギはそのまま田間宮と、崩れ落ちた祠の間に倒れ込んだ。

 

 「ああ……クソが……」


 タカギは瀕死の状態で横たわる。

 腹部の出血が酷い。もう長くはないだろう。


 意識を失う直前。

 

 リン……

 

 鈴の音が聞こえた気がした。

 ああ、あの女か。

 

 ──そうそう、一つだけお話してもいいかしら。あなた達、お互いを決して疑わないこと、裏切らないこと。今の関係でいる努力をしなさい。


 そうだ。思い出した。

 

 ──そうすればあなた達はいつまでも不幸を避けられるから

 

 そうだよな。俺たちはダメだったんだ。


 まあ、仕方ねえよな。


 クソ、やめときゃよかったよ。

 

 タカギはそのまま目を覚ますことは無かった。

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