田間宮の話
県議会議員の田間宮はその日、県で唯一の温泉街の旅館に宿泊していた。
この温泉街は過去には沢山の人が訪れていた。
しかし、月日が経ち、長引く不況や施設の老朽化に伴って、次第に人々は寄り付かなくなっていった。
地元で唯一のこの温泉街を盛り上げるため、田間宮は各方面に働きかけた。その甲斐あってかここ数年で多少は観光客を呼び寄せられるようになって来ていた。
その御礼にと、温泉街の人々が宴席の場を設けてくれたのだ。まあ、分かりやすく言うと接待を受けにいったのだった。
宴会もお開きとなり、田間宮は宿泊する部屋に戻って一人酒に興じていたところ。
議員秘書の天野が周囲を気にしながら部屋に入ってきた。
「田間宮さん、古村の件で進展がありました」
「ああ、そうか」
古村と言うのは近年上場した、所謂、新興企業である加賀美薬品工業の元役員であった。
そして、田間宮の幼馴染である。
古村は、自社に対しての機密情報の漏洩の疑い、所謂インサイダー取引の疑いをかけられ、金融庁による捜査を受けていた。古村は、捜査が始まると同時に自ら役員を辞任すると、そのまま行方が分からなくなっていたのだ。
「それで、どんな動きがあった?」
「ええ、嫌疑が確定し、逮捕状が出されたようです。ただ、まだ行方は分かっていないらしく」
「ああ、そうか。どこにいるんだろうな」
県議会議員を務める田間宮の唯一の悩み、それが古村だった。
上場企業の役員、その地位を持つ男は田間宮にとっては利用価値の高い男だった。議員でいるには何かと金がかかる。あいつを利用すればその悩みは全て解決するのだった。
だから田間宮は議員としての口利きや、裏で手を回すことであいつの昇進に手を貸してやった。
そして、もう一人。タカギという男。こいつもまた幼馴染だったが、一人道を踏み外し、所謂ヤクザまがいのことをしていた。
タカギを使い面倒ごとを起こす。古村が出て行って話を纏めることであいつの会社での立ち位置は上がる。
その見返りとして、古村から内部情報を得て、私とタカギは利益を得る。
それだけじゃない。タカギが難癖つけて会社の評判を落とす、古村が出て来たところであいつが適当に手を引く。
それだけでも株価は派手に動き、湯水のように金が生まれたのだ。
なんとも楽な仕事だった。世間は、私たち三人が裏で繋がってるとはまさか思わないだろう。
田間宮は一人、酒に口をつけ、そして目を閉じた。
ああ、そろそろ時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます