第21話

 想いを通わせたあの夜から自制のタガが外れたようで、アーデルヘルムは毎晩私を求めてくるようになった。


 最初は私の体を心配して優しく負担のかからないようにしてくれていたのだが、私が慣れてきて余裕がでてきたのが分かったのか彼は満足するまで一晩で何度も愛を囁きながら行為をするようになった。


 そうすれば次の日には私の体は全身が筋肉痛になるわけで。


 今までしていた朝のお見送りもできなくなり、一日のほとんどをベッドの中で過ごしているという体たらく。


 公務の仕事も滞ってしまって、これはいけないとアーデルヘルムに申し出ることにした。それはもちろん、夜の行為を減らしてもらうことだ。


 ベッドの上に座りお互い寝間着姿で、私が頑張って力説しているのを彼は静かに聞いている。


「これ以上屋敷の運営が遅れてはいけないわ。確かに妻……の役目も大事だとは思うけど、夫人として屋敷を回さないと使用人たちにも迷惑がかかってしまうの。それはあなたも分かるでしょう?」

「そうですね」


 アーデルヘルムが頷いてくれてほっと胸を撫でおろす。


 別に彼とそういうことをするのが嫌なわけではないけれど、頻度が多いのだ。現役騎士団長と引きこもってばかりだったお姫様では体力に雲泥の差がある。


 アーデルヘルムはあれだけの回数をしているにも関わらずいつもケロっとした顔でベッドで動けない私の頭を撫でて出かけていくのだ。少しは私の苦労も知ってほしい。


 そんなことを考えていると、ガシっと腕を掴まれて驚いてアーデルヘルムを見ると真剣な顔で私を見てきていた。


「ヴェロニカ様の仰りたいことは分かりました。ただ少し訂正させてください」

「て、訂正?」

「はい。先ほどヴェロニカ様は行為をするのは妻の役目だからと仰いましたよね」

「え、ええ……」


 確かに言った。それが何なのだろうか。


「確かに跡継ぎを残すのは貴族の役目だと私も分かっています。ただ……私があなたを抱くのはあなたを愛しているからです」

「!!」


 ド直球な言葉に耳まで熱くなる。腕を掴んでいたアーデルヘルムの手が下に滑っていき、私の手に触れるとその手を持ち上げてキスをした。


 気づけばアーデルヘルムの瞳の奥には普段はない熱が籠っていて、これはマズイと後ずさろうにも手をガッシリ掴まれていてそれが出来ない。


 逆にジリジリとアーデルヘルムは詰め寄ってきて、頭の中の私が警報を鳴らすがもう手遅れだ。


「あれだけ愛を伝えていたのにそれを分かっていただけていなかったなんて……悲しいです」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから! ちゃんと分かってるから! って、ちょっと!」


 これは本当にまずい。掴まれていないほうの手でアーデルヘルムの胸を押して抵抗するも、力の差も雲泥の差だ。


 簡単に肩を押されてベッドに押し倒される。目を開ければ楽しそうに笑いながら覆いかぶさっている夫の顔に、冷や汗が流れた。


「あ、アーデル……! 私の話聞いてた!?」

「はい」

「ならどいて……! あなた、明日から朝から重要な会議があるって言ってたわよね? なら早く寝ましょう!」

「そうですね。早めに終わらせますのでヴェロニカ様も協力してください」

「はい!? ちょ、ちょっと待っ……!」


 この男、絶対話聞いてない!!


 結局この夜もアーデルヘルムにさんざん抱かれて朝を迎えた。いつもより自重したなんて言っていたけどこの日もお昼過ぎまで起き上がることができなかった。




 ◇◇◇




 そんな毎日を過ごしていれば私にもだんだん体力が体力がついてきて、最近は午前が終わる前にはベッドから起き上がれるようになった。


 ずっと見送りができていなかったから、今日はアーデルヘルムにお弁当を作って持っていってみようと思いついた。


 朝と夜は屋敷のシェフが栄養満点のを作ってくれるけど、お昼は騎士団の厨房で作られたものを食べているらしい。


 男所帯だから肉ばかりで最近胃もたれがするんですよね、なんて笑っていたけどそれは如何なものなのか。


 それにこれは……夢に見も見た愛妻弁当だ。絶対アーデルヘルムは喜んでくれる。


 そんな浮かれた気持ちで料理をしてみたものの、料理を作ったことないのでソフィーとシェフに付きっ切りで教えてもらい、色んな味のサンドウィッチを作ることができた。


 バスケットにサンドウィッチを入れて、ソフィーと馬車に乗り込んで騎士団の建物へと向かった。




「これは王女殿下……ではなく、シュタインベック夫人。今日はどうされましたか」


 騎士団の建物の前で降りると、何度か見たことのある騎士に声かけられた。何度か夫人と呼ばれてきたが未だに気恥ずかしくて慣れない。


「夫にお弁当を持ってきたの。アーデルヘルムはいるかしら」

「あー……団長は、今ちょっと中で人とお会いしてまして……」


 何故か歯切れの悪い騎士に首を傾げる。しかもなぜか目を逸らして。


「なら中で待たせてもらってもいいかしら」

「……はい。どうぞご案内いたします」


 ソフィーには馬車で待機してもらって、騎士の案内で応接間に向かう。


途中には中庭があって噴水もあり周りには花も植えてあって。男所帯にしては綺麗にされていることに初めて来たときは驚いたものだ。


 アーデルヘルムに聞くと、頻繁に外の人が出入りするから失礼のないようにと設立時から皆で手入れをしているらしい。


(そうだ!)


 中庭を見てひらめく。絶対ここでアーデルヘルムと昼食を食べたら絶対美味しい。いや、味は変わらないのだが何となく美味しくなりそう。


「ねえ、ここで待たせてもらってもいいかしら」

「かしこまりました。ではお茶を持って参りますのでお待ち……を!?」


 私の後ろを見た騎士が突然変な声を出して固まった。何事か振り返ると、中庭の中央にある噴水の奥にアーデルヘルムの姿を見つけた。


 自然と頬を緩み、彼の名を呼ぼうとしたその時、私も騎士と同じように固まる。


「…………え?」


 だって、アーデルヘルムが知らない女性と仲睦まじく抱き合っていたのだから。

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