第3話
――その頃、王宮では――
「ドリス伯爵が婚約関係の撤回を言ってきた?」
「はい。なんでも、婚約者として申請されていたミリア様が自身に対する裏切りを働いたという言い分だそうです」
「……」
王宮の中にある一室に置いて、そのような報告がもたらされていた。
話を聞く人物は、この王宮の中で貴族たちを統括する立場にあるユーゲント騎士である。
貴族たちは騎士に逆らうことは許されず、その行動はすべて彼のもとに報告しなければならない決まりである。
さらに貴族の婚約関係ともなれば、権力の集中やあらぬ集いなどを防ぐため、その関係をすべて王宮に当てて報告することが義務付けられていた。
「なにか妙だな…。こんなにも早く婚約破棄なんてするやつがあるのか…?それも当事者はドリス伯爵とミリアなのだろう?」
「ユーゲント様、お二人の事をよくご存じなのですか?私も伯爵様については多少存じておりますが、それ以上の事はなにも…」
「なんだ、知らないのか?ミリアと言えば、最近貴族家男性たちの間でかなり注目を集めていた人物だとも」
「注目を?それはいったいどうして?」
疑問の声を上げる部下に対し、ユーゲントは騎士らしい冷静な口調でこう説明を始めた。
「もともとは大した注目は集めていなかった。しかしある日、彼女は有名人になることになった。その原因となったのが、彼女の妹であるセシーナだよ」
「セシーナと言えば…。確か、非常にかわいらしい振る舞いで貴族家男性から絶大な人気を持っていたという…彼女ですか?」
「あぁ、そうだとも。その人気はついこの間まで続いていたんだが、ある日の事、セシーナに関するあるスキャンダルが出回ったんだ。ほかでもない、彼女はそのあざとさで多くの男たちを自分の虜にしていて、かなりの額のものを貢がせているという…」
「そ、そんな大胆な…!?」
相手は貴族家であるため、下手に目をつけられてしまえばかえって自分の身を滅ぼしてしまうことにもなりかねない。
しかし、セシーナはそこに関するブレーキを持っていないのか、それとも底なしな欲望を持っているためか、終わることのない貢がせの日々を繰り返し続けていた。
「これは彼女から直接聞いたわけじゃないが…。なんでも、貴族家の中でトップクラスの権力を得ることがその目的らしい。だから相手から好かれるような人格を使い分けて、その日その日で違うネコをかぶって相手に合わせて過ごしているらしい。…聞けば聞くほど、やばい人物だろう?」
「た、確かにそれはまずいですね…。このまま放っておいたら、そのうち貴族家同士で新たな争いが起きかねません…」
「しかしそこで出てくるのが、さっき言っていたミリアだ。彼女はセシーナの姉なんだが、問題行動ばかりを見せるセシーナの事をうまくコントロールしていたんだよ」
「コ、コントロールといいますと?」
「自分をあえて下げたんだよ。自分の評判を悪くするのを承知の上で、相手がセシーナに対して抱く不安定な感情を自分がひきうけることにしたんだ。おかげでセシーナが少々手荒な真似をしても貴族家同士がもめ事を起こすことはなかったし、これまで比較的穏便な形で済んできたというわけだ」
それは、ドリス伯爵がまったく理解していない事実の一つだった。
セシーナは決して彼が理想とするような素直で健気な女性などではなく、自分の欲望をかなえるために猫をかぶっているに過ぎない人物だというのに、彼は猫をかぶった姿のセシーナこそが本当の彼女なのだと信じ切ってしまっていたのだ。
一方でそんなセシーナの事をセーブする動きを見せていたミリアの事は非常に煙たがっており、最初こそセシーナの身代わりとしての彼女を期待したもののそれもすぐに消えることとなり、結局築いた婚約関係が長続きすることはなかった。
「そんなミリアの振る舞いが、次第に貴族男性の間で評価されていくようになってな。彼女はもともと容姿も整っていて可愛らしさを十分持っていたし、それも併せて次第に人気な存在になっていった。ドリス伯爵との婚約発表はそんなさなかのことだったから、これはもう安泰な関係になることだろうとみんな思ったわけだ」
「…しかしそれが、どういうわけか婚約破棄することになってしまった、と…。二人の間に一体何があったのでしょう?」
「さぁねぇ。細かいことは分からないが、少なくともドリス伯爵の言い分がそのまま正しいとも思えないよな。伯爵に対する裏切り行為なんて、ミリアがそんなことをする理由もないし、する気もないことだろう」
「…それじゃあ、今回の婚約破棄の本当の理由というのは…?」
「たぶん、俺もお前も考えていることは同じだと思うぜ?」
「……」
…伯爵は全く本人の知らないところで、多くの人たちから疑いの目を向けられつつあった。
しかし、セシーナとの関係しか目にない彼がその事を理解することは不可能といってもよく、彼はそれに気づけるチャンスであったミリアの事を自ら追放してしまったことで、ますます自分の立場をそうとは知らずに苦しいものとしていくのだった…。
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