第2話
――ドリス伯爵視点――
「い、今なんと言った…?」
ミリアの発した言葉がすぐには理解できず、私は頭の中をフリーズさせてしまう。
…しかし、絶対に聞き逃してはいけない内容の言葉がそこにあることは、どういうわけか瞬時に理解することができた。
「今、セシーナは婚約していないと言ったか…?」
自分の聞き間違いなどでなければ、確かにそう聞こえたはずだ。
私は自分の胸の中がざわざわと色めき立ち始めるのを抑えるのに必死であるが、一方のセシーナは特に表情を変えることもなく、冷静なままにこう言葉を返した。
「はい、セシーナは誰とも婚約なんてしていませんよ…?もしかしてなにか勘違いをされていたのですか?」
「っ!?!?!?」
ミリアの口からその言葉を聞いた途端、一瞬のうちに私の脳内はまばゆいばかりの光に包まれて輝きを取り戻していく。
ミリアとの関係によって失われていたものが、すべて一瞬のうちに戻ってきたような感覚だ。
「…ククク、なんだそういうことだったのか…。だというのなら、全然今からでも取り返しがつくということではないか…!」
自分の頭の中にいろいろな考えが浮かび始め、私は自分でもわかるほどにその表情を笑みで満たしていき、その感情のままに言葉を続ける。
「ミリア、お前もなかなか姑息な女だな。セシーナはすでに婚約を果たしているという偽りんの情報を私に掴ませることで、彼女の代わりに自分が婚約者になれるという計算を立てたのだろう?」
「は、はい…??」
とぼけたような表情を浮かべてみせるミリアだが、その考えはすべて僕にはもうお見通しなのだ。
「そしてその計画は完全に果たされた。僕はセシーナの身代わりのような形で渋々君との婚約を受け入れることになったわけだ。そして、君がここでセシーナの本当の情報を告げてきたのは、もうすでに私と婚約しているという既成事実があるからだろう?すでに結ばれてしまった後であるならば、どれだけ自分にとって知られたくないはなしをしたとことでもう後の祭り。いやはや、なあかなかあくどいことをやってくれる」
「で、ですから私は本当になにも…。そもそも、セシーナが婚約しているものだと誤解していたのは伯爵様のほうだったのでは…?彼女に直接話しかける勇気がでなかったから、今まで知らないままで来てしまっただけなのではありませんか…?」
やれやれ、自分の噓がばれたからといって自分に都合のいい事ばかりを言ってくれる。
そんな甘えた考えを持つお前には、この際きちんと教えておいてやらなければならないな。
「ミリア、君は私が君の事を婚約破棄などしないだろうと考えているからそんな甘えたことが言っていられるんだろう?しかし、現実はそこまで甘いものではないんだぞ?」
「は、はい…?」
「ミリア、よく聞け。今日をもって君との婚約関係はおわりにすることにきめた」
「……」
その時、ミリアは婚約破棄という言葉に対してなにもリアクションを見せなかった。
…おそらく、私の言葉がよほどその心に響いているのだろう。
間違いなくかなり傷ついている様子…!
「(しかし、ここで言葉を優しくする必要などない。なぜならすべてはこの女が始めたことに過ぎないのだ。自分のしでかしたことがそのまま自分に跳ね返ってきただけなのだから、私は最後まで言いたいことを言わせてもらおうじゃないか)」
そう意志が固まってしまえば、その後に続く言葉は非常にシンプルである。
「やはり私は最初から君との婚約など結びたくはなかった。しかし、それでも婚約する道を選んだのはもしかしたら君がセシーナのような振る舞いを私に見せてくれるのではいかと期待をしたからだ。しかしその期待は短いうちに裏切られることになり、結局最後の最後まで私が心を満たされることはなかった。…このままこの無意味な婚約関係を続けなければならないのかと思い、暗いくらい森の中をさまよっているかのような思いを感じさせる私の人生だったが、そんな私のもとにもついに光が差し込んだのだ。私とセシーナとの婚約関係が実現可能であるというのなら、妥協して君と婚約関係を結ぶ必要などこれっぽっちも存在しない。君には早急に私の元から消え去ってもらうだけだ」
「……」
私の言っている事がすべて真実であるためか、彼女はなにひとつ言葉を返そうとはしない。
それもそのはず、彼女には自分の周りを嘘で塗り固めてこの私の事を騙したという大きな罪があるのだ。
「まさか本当に婚約破棄されるとは思っていなかったか?しかしこれは現実なのだ。君と私との関係はたった今、すべて終わったんだ。それをどれだけ後悔したとしても、もうなにも戻ってくることはない。ミリア、私の事を騙したという罪を一生背負い、苦しみながら生きていくといい」
これで言いたいことはすべて言えた。
ミリアを追放することができた上に、これから実現するであろう私とセシーナとの関係。
それを想えば、これほど心の踊る思いを感じたことはこれまでになかったかもしれないな♪
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